「妬みの霧」

古い村にある静かな家に、作という若い女性が住んでいた。
彼女は美しく、村の中でも評判の花嫁候補だった。
しかし、そんな魅力を持っているがゆえに、彼女を妬む者も多かった。
特に、彼女の親友であった真由美は作の美しさに心を痛め、自身の劣等感に苛まれていた。

ある夏の晩、村に霧が立ち込め、視界がほとんど奪われるほどの濃霧となった。
霧の中で流れる時間はまるで異世界のように感じられ、村人たちは慎重にならざるを得なかった。
多くの人々が家に閉じ込められ、蛙の鳴き声だけが静寂を破っていた。

その夜、作はふとしたことから、真由美の家の方へ向かうことにした。
友人の様子が気になっていたからだ。
霧の中を進む作は、心に不吉な予感を抱きながらも、真由美に会いたい一心であった。

数分歩くうちに、作は真由美の家の前に辿り着いた。
しかし、扉は開かれたままになっていて、どこからともなく冷たい風が吹いてくる。
作は戸惑いながらも中に足を踏み入れた。
室内は暗く、微かにかすかな光が揺れていた。

真由美の姿は見えなかったが、「作、来ないで!」と不安げな声が後ろから響いた。
驚いて振り返ると、真由美がそこに立っていた。
しかし、彼女の表情には明らかに異変があった。
目が虚ろで、顔色が悪く、その存在感はまるで霧の中に溶け込んでいるようだった。

「どうしたの、真由美?」作は心配になり、彼女に近づこうとしたが、真由美は手を伸ばし、強く叫んだ。
「近づかないで!あなたがいると、私は消えてしまう…そう思ってしまうの!」

作は彼女の言葉に戸惑ったが、理解できた。
真由美は妬みの感情に支配され、作との友情を失ってしまうことを恐れていたのだ。
作は何かを言おうとしたが、次の瞬間、霧が急に濃くなり、視界を完全に奪われた。

真由美の声がさらに勢いを増し、作を包み込むように響く。
「あの美しさは、私を呑み込んでしまう!私が消えたら、あなたも消えなければならないの!」

作は恐怖で震えながらも、真由美の心の闇に気づき、その苦しみを救いたいと思った。
「私はあなたの友達よ、消えたりなんかしない。私たちの絆を信じてほしい!」と、声を大にした。

だが、真由美の表情はますます凶暴になり、彼女の背後には黒い霧が立ち上がる。
次の瞬間、作は自分の身体を暗闇に吸い込まれ、真由美の叫び声が霧の中に消え去った。

村の人々が翌朝、霧が晴れた後、真由美の家に向かうと、静まり返った中で二人の姿は見当たらなかった。
彼女たちの存在はまるで霧のように、あっという間に消えてしまった。

村にはその後、彼女たちの名を呼ぶ者はいたが、それはもはや誰も応えられない忘れ去られた過去の残響であった。
嫉妬心が生み出した悲劇は、村に新たな禁忌を築き、作と真由美の名は永遠に霧の中で彷徨うことになったのだった。

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