小さな町に住む佐藤花子は、友人たちと共に風景画を描くことを趣味にしていた。
彼女たちは毎週末、自然豊かな場所を求めて田舎を訪れ、絵を描いたりおしゃべりしたりすることが楽しみだった。
しかし、その週末、彼女たちが選んだ場所は、少々不気味な伝説が残る山の近くの地だった。
伝説によれば、その山には美しい華が咲く場所があった。
しかし、それに近づいた者は、決して戻って来られないとも言われていた。
花子たちは半信半疑でその場所に向かうことを決めた。
どこか興奮している自分たちを隠しきれなかった。
気持ちを高めるために、彼女たちはお昼ご飯を持参し、山のふもとの小さな清流の横でピクニックをすることにした。
笑い声と楽しそうな会話が飛び交う中、花子は友人たちを見つめながら、「キレイな華を見つけたら、あの伝説に挑戦してみよう」と言った。
友人たちは大きく笑い、「そんなのは本気にしてないよ」と返した。
食事の後、彼女たちは華を探すために山道を上り始めた。
周囲の景色は美しいが、なぜか心が不安にざわつく。
さらに山の中に入ると、周囲の静けさが一層増し、まるで時間が止まったようだった。
花子は感じたことのない異様な気配を覚えた。
「ねぇ、まだ先に進むの?なんだか怖いよ」と一人の友人が言った。
花子は「大丈夫だよ。ほら、あの先に華があるかもしれないから、もう少し進もう」と勇気を振り絞った。
その時、突然風が吹き始め、枝の間から何かが飛び込んできた。
彼女の脳裏には、伝説で語られる不気味な影が思い浮かぶ。
「これは悪いはずのものだ」と彼女は恐れ、友人たちに呼びかけた。
しかし、返事は帰ってこない。
振り返ると、友人たちの姿はすでにどこかに消えていた。
急に不安に駆られ、彼女は必死に山道を戻ろうとしたが、出口が見当たらなかった。
時間が経つにつれて、足元の木々が不穏に揺れ、耳元で囁く声が聞こえる。
「ここから出られない」という声が、心の底に響いた。
まるで彼女の心に潜む恐怖そのものが、現実になったかのようだった。
その時、彼女は足元にひらりと舞う何かを感じた。
視線を下に向けると、そこには美しい華が咲いていた。
心のどこかで自分を引き留め、彼女を誘った。
その華を見た瞬間、彼女は魅了され、無意識に手を伸ばそうとした。
しかし、その瞬間、目の前が眩んで、意識が遠のいた。
次に気がつくと、彼女は山のふもとの清流の近くにいた。
振り返ると、華の咲く場所は何も残っていない。
友人たちの姿も、どこか遠くに消えている。
花子は恐怖で震えながら、そこに立ち尽くした。
どうして戻ってこれたのか、自分の身に何が起こったのか、全く分からなかった。
それから数日間、彼女は仲間たちのことを思い出し、頻繁に山へ足を運んだ。
しかし、あの華の咲く場所には戻れず、友人たちも見つけられなかった。
徐々に町の人々の間には、花子の話が広まり、「華に触れる者は、仲間を奪われる」と噂されるようになった。
彼女自身もまた、心の中に暗い影を抱えることとなり、過去の記憶が薄れていく中で、何かが彼女を取り込もうとしているのを感じていた。
そして彼女は気がつく。
あの華は決して無関係なものではなかった。
自らの内なる闇によって、彼女もまた、誰かを奪ってしまったのだ。
もう一度山に挑む勇気はなく、彼女はその村で孤独な日々を送ることとなった。
いつの間にか、自身も言葉を失い、ただ無言の影として存在するようになった。
その姿は、誰かの記憶の中に薄れ、やがて伝説となって語り継がれることになる。