「失われた道」

夜も更けて、街灯の光が点々とした道沿いに、鈴木佳奈は一人、寂しく歩いていた。
彼女は大学の帰り道、家に向かう途中で、いつも通る道を選んでいた。
しかし、今夜の道はまるで違う雰囲気を醸し出していた。
どこからか冷たい風が吹き、彼女の体温を奪っていく。

「おかしいな…」佳奈はつぶやいた。
いつもは賑やかな街の音が、今夜は不気味な静けさに包まれていた。
その無音の中で、彼女は不安を覚えた。
道の先に、黒い影のようなものが見えた。
だんだんと近づくと、それは一人の女性の霊であることに気づいた。

彼女は白い着物を着ていて、長い髪が乱れていた。
表情は悲しそうで、常に何かを失ったかのように見えた。
佳奈は恐れを感じつつも、その霊に引き寄せられるように近づいた。
そして、霊の目が彼女を見つめると、何か伝えたいことがあるのではないかと思った。
佳奈は「何か私に伝えたいことがあるんですか?」と問いかけた。

すると、霊は口を動かすが、声は聞こえない。
ただ、彼女の瞳の奥には永遠のような時間が流れているかのようだった。
霊は腕を伸ばし、道の向こうを指し示した。
佳奈はその先にある何かに興味を惹かれたが、同時に恐怖を感じていた。
しかし、彼女の好奇心はそれを上回った。

道を進むと、佳奈は霊が指し示した場所へたどり着いた。
そこには朽ち果てた古い家があった。
何もない場所に突然現れたその家は、さながら忘れ去られた歴史の一部のようだった。
周囲は薄暗く、人の気配はまったく感じられなかった。

「ここに何があるの?」佳奈は霊に問いかけた。
すると、霊は頷き、次第に彼女の姿が薄れていった。
しかし、その瞬間、佳奈の胸に不安が広がった。
まるで、彼女自身の大切なものが失われていくような感覚が押し寄せてきたのだ。

思わず足を止め、振り返ると、周囲の景色が変わっていることに気づいた。
彼女は同じ道を戻ろうとしたが、道が繋がっていない。
そこには元いた場所がなく、ただ霊だけが立ち尽くしている。
佳奈は立ち尽くし、全身が凍りついた。

霊は再び姿を見せ、悲しみに満ちた表情で彼女を見る。
佳奈はその視線の先を辿ると、彼女の後ろに何かが見えた。
それは苔むした石碑で、彼女の名前が刻まれていた。
読み進めるにつれて、そこには「失われた者」と書かれているのが見えた。
佳奈の心に恐怖が走る。

道を進むこともできず、後戻りできない。
佳奈は混乱し、何もかも失ってしまう予感が強くなってきた。
時間が過ぎるにつれて、彼女はこの場所に閉じ込められているようだった。
霊の言葉も理解できないまま、ただ自分が失われていく感覚に浸るしかなかった。

「あの時、彼女が私に伝えたかったことは…何だったのだろう」と、甲高い声が耳元に響いてきた。
その瞬間、周囲の景色が一変した。
佳奈の周りには、様々な霊たちが現れ、彼女を取り囲んだ。
彼女の身を守る者はいなかった。

次第に佳奈の心が押しつぶされ、彼女は絶望感に包まれた。
霊たちは皆、何かを失った者たち。
彼女はその中の一人になってしまうのかもしれない。
時が止まったような感覚に飲み込まれる中、彼女は失うことの恐ろしさを身をもって知った。

ふと目を開くと、道沿いの街灯が再び煌めき始め、その温かさが彼女を包み込んだ。
しかし、心には重い影が残った。
佳奈はさっきの霊の目を思い返しながら、ゆっくりと家へ歩みを進めた。
そして、二度とあの道には近づかないと心に誓った。
彼女は決して忘れることができない、失った者たちの悲しみを。

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