望の町、そこには古びた伝説があった。
数十年前、ある青年が不運にも事故に遭い、足を失った。
それ以来、彼が生前に強く願っていた「自分の足を取り戻したい」という思いが、町のどこかで眠っているとも言われている。
主人公の佐藤健は、大学生として東京からこの町に引っ越してきた。
古い伝説や怪談に興味がある彼は、町の歴史を肌で感じるために、図書館や地元の人々から話を聞きながら、懐かしさを感じる日々を送っていた。
ある日、地元の老人からその伝説について聞かされる。
老人は、「もし君がその願いを叶えようとする者に接触することができれば、彼の思念が乗り移る可能性がある」とささやいた。
健は半信半疑だったが、その話をより深く知りたいと思うようになった。
ある晩、彼は町の外れにある「望の森」に向かった。
この森は、伝説の青年が事故に遭った場所だとされていた。
薄明かりの中を歩く健の足元には、ひんやりした土の感触があった。
森の静けさが、いつの間にか彼の心に重くのしかかってくる。
ふと、目の前に現れたのは、一対の靴だった。
それは古びた運動靴で、泥がついていた。
そして、その靴の横には一片の手紙が落ちていた。
「私の足を…」と書かれていた。
驚きつつも、健は靴を手に取った。
そこに触れた瞬間、不意に視界が変わった。
彼の足から何かが解放され、まるで別の意識が自分の中に侵入してくる感覚がした。
街の風景が歪み、彼の脳裏には事故の瞬間が鮮明に再生された。
青年の叫び声、痛み、そして冷たい大地の感触。
仁王立ちの健は、まるでその青年の靴を履いているかのような感覚に襲われた。
気がつくと、健は森の奥へと導かれ、足元には無数の靴が散乱していることに気づいた。
「ここは…」彼は直感的に理解した。
過去にこの町で願いを込めた者たちの足が、今も尚ここに留まっているのだ。
彼は一片の手紙がもたらす恐ろしい事実を受け入れなければならなかった。
それは、彼自身もまた、この町に根付いた一員として「足」を忘れられない存在になっていたのだ。
身体の中で何かがうごめいていた。
健は自らの意思を試みようとしたが、次第にその意識はかき消され、「願う者とその思念」が交わる瞬間が訪れた。
もはや彼の体は彼のものではなかった。
彼はその青年の想いを受け入れるが、その代償として自らの意識は薄れ始めていった。
健は心の中で強く叫ぶ。
「希望を持っていたのに、どうしてこんなことになってしまったんだ!」
それから、彼の存在は次第に消えていく。
「願いを叶えてほしい」という呼びかけが、この町の中に響き渡っていた。
人々は「新たな参入者が現れた」と噂し、時が過ぎても彼の名は忘れ去られ、「願いが叶った」念は、ただの伝説となった。
けれども、佐藤健という青年の影は、森の奥深くで新たな鋼の運命を待ち続けることになる。
靴が一つ、また一つ、この町の深い闇にひっそりと隠されていく。
かつての彼の足は、今でも望み続けているのだ。