松田健一は、古びた館に招待された。
普段の生活では味わえない体験に興奮しながら、一歩一歩足を踏み入れる。
館は周囲の森に囲まれ、昼間でも薄暗く、まるで別の時代に迷い込んだかのような雰囲気を醸し出していた。
館の主は、かつてこの土地で名を馳せた画家の末裔で、健一を招いた真意は不明だったが、彼の作品に強く惹かれ、是非とも生で見てみたかったという。
若き画家の才能に期待を寄せる気持ちが、健一を館に導いた。
しかし、館に入るや否や、健一は不気味な空気を感じた。
壁には度重なる修復が施された絵画が飾られ、どれも不気味な表情を浮かべている。
彼が作品を眺めていると、背後から微かな声が聞こえた。
「覚えているか…」
驚いた健一は振り返るが、誰もいない。
彼自身が不安になり、絵画に意識を戻す。
すると、ふと感じた寒気が胸を締め付ける。
絵の中の人物が動いているように見えた。
その目が、自分を見つめているような気がしたのだ。
夕食が用意される頃、館の主が現れた。
彼の名は榊原蓮。
一見すると陽気で魅力的な人物だが、その目にはどこか影が宿っていた。
彼は健一に館の歴史や、壁に飾られた絵画の由来を語り始めた。
しかし、彼の言葉の中には、どこか不気味な響きが含まれていた。
「この館には、私の先祖が失ったものが眠っている。それを覚えている人間には、恐ろしい運命が待っている。」
健一はその言葉を無視し、食事を楽しんでいたが、次第に彼の心に恐怖が根付いていった。
館の中には、彼の声を奪うような何かが存在している。
実際に、夜が深まるにつれて、館の隅々からさまざまな囁き声が聞こえてきた。
「覚えているか…」「そこにいるのか…」
寝室に入ると、ついに健一はその声が夢の中から響いていることに気づく。
彼は目を閉じるたびに、あの館の歴史が夢の中に浮かび上がってきた。
彼はかつてこの館に関わった人々の運命を見続け、彼らが失ったもの、そして忘れてはいけない記憶の断片を目にした。
その中で健一は、ひとつの恐ろしい真実に辿り着く。
それは、彼の名が記された昔の肖像画だった。
恐怖に駆られた健一は、自分がこの館と深い関係を持っていることを悟る。
自分が予想もしない運命に繋がっていたのだ。
目が覚めた時、彼は今までの自分が何を思い出し、何を忘れようとしていたのかを直視することになった。
館は目の前にあり、出ることができない。
交わした言葉や、同じように記憶を失っていく人々の姿が浮かび上がってくる。
その中で、彼の心に一句詩が響く。
「失われたものこそ、必ず戻る。」
その瞬間、健一は館に取り込まれていく感覚を覚えた。
彼は逃げようとするが、身体が思うように動かない。
まるで、絵画のように、彼自身がこの館の一部となってしまったのだ。
永遠にこの館に囚われ、記憶が断片的に繋がっていく様は彼の精神を蝕んでいった。
そして、夜が明けた頃、館を訪れた者が健一を求めて言った。
「松田健一、あなたはここにいるのか?」
しかし、彼の声はもはや館の壁に吸い込まれ、忘れ去られた存在となった。
覚えているすべての記憶を背負い、健一は永久にあの館の中で、ただ時を刻む影として生き続ける運命を選ぶことになった。