「失われた思い出の影」

彼女の名前は鈴木真理、大学三年生である。
真理は、友人たちと共に北海道の片隅にある古びた民宿に宿泊することに決めた。
新学期を前にした短い休暇を利用した、友人たちとの思い出作りが目的だった。

民宿に到着すると、持ち物を部屋に置く暇もなく、彼女たちの間には初々しい興奮が漂っていた。
薄暗い廊下を挟み、二つの部屋が向かい合っている。
民宿の主人は、かつてこの地に住んでいた一族の末裔だと言い、時折不気味な目つきをするものの、友人たちには興味深く映った。
真理も数ある評判の中で、特に「この民宿には、失ったものを取り戻す力がある」という伝説を聞かされ、彼女は半信半疑ながらも、その不気味さを楽しんでいた。

夜が訪れると、みんなで集まって肝試しをすることに決めた。
真理はその中心になり、周囲を明るくする役割を担った。
彼女は、友人たちに見せる笑顔とは裏腹に、心のどこかで恐れを抱いていた。

「この幽霊、何を失ったんだろうね?」と一人の友人が言った。
真理は興味を引かれた。
彼女は話を続ける気にはならなかったが、心の中で何かが浮上してきた。
それは、彼女自身が失った特別な思い出だった。
小さい頃の夏祭り、亡くなった祖母との楽しい時間。
真理はそれを思い出すと切なさに胸が締め付けられた。

肝試しが始まった。
彼女たちは長い廊下の奥、階段を下りると、古いトイレの前に立ちすくんだ。
真理はそこが特に怖いと感じ、息を呑んだ。
友人の一人が「ここのトイレには、さっきの噂の幽霊がいるらしい」と耳打ちしてきた。
真理は胃の奥が冷たくなるのを感じた。

「あの幽霊、失った思い出を求めているんだって」と別の友人が言うと、その瞬間、トイレの扉がきしんだ。
全員が息を飲み、立ち尽くした。

「勇気を出して開けてみよう」と、真理が提案した。
そして恐る恐る手を伸ばし、扉を開ける。
廊下の先に現れたのは、真っ白な影だった。
そこには小さな女の子が立っていて、瞳は虚ろで、真理を見つめている。

「戻して……」と彼女はうわ言のように呟いた。
真理の心臓は破裂しそうに鼓動を打った。
女の子の言葉が何を意味しているのか、理解する暇もなかった。
彼女はその瞬間、自分が失った思い出に直面していることに気づいた。

女の子の姿は、真理の記憶の中にある若き日の祖母に似ていた。
歳を重ねても、彼女の笑顔は容易に思い出せる。
しかし、真理はもう祖母と再会することはできない。
過去の喪失が、彼女の心に深い傷を刻み込んでいた。

「戻して……元に戻して……」と女の子が繰り返すたびに、真理は胸が締め付けられ、涙があふれそうになった。
瞬時に彼女の心の中で、何かが目覚める。
彼女は恐怖を乗り越え、「私は戻りたい、あの時に……」と心の叫びを響かせた。

その瞬間、女の子の姿が薄れていく。
まるで霧の中に溶け込むように、彼女の形は消えていった。
友人たちの叫び声の中、真理は自分の思い出が消え去るのを感じた。

長い静寂が包み込む中、真理は自分が何を失ったのかを痛感していた。
その後、彼女たちは急いで部屋に戻ったが、真理の心には何かが無くなったような虚しさが残っていた。
たとえ幽霊が消え去っても、彼女の失った思い出は二度と戻ることはなかった。

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