「失われた声と巫女の祈り」

静かな山あいの村、そこには「な」と呼ばれる神が宿る神社があった。
昔から村人たちは、この神社を敬い、災厄を避けるために日々の生活を送っていた。
しかし、天災や病気のたびに、神の怒りを恐れ、巫である美咲は特別な役割を果たしていた。
彼女は神の意志を伝える者として、村の安寧を守るために日々捧げる祈りを続けていた。

ある晩、美咲は神社の社務所で神に祈りを捧げていると、ふと外から不気味な音が聞こえてきた。
音は囁くように低く、まるで誰かが助けを求めているかのようだった。
美咲はその音に導かれるように外へと足を踏み出した。
しかし、夜の闇の中、周囲は暗く、無数の木々が立ちはだかっていた。
音はさらに近づき、今度は微かな声として耳に届く。
「美咲、助けて…」その声は、彼女がかつて同じように神社で巫女を務めていた母の声に似ていた。

中でも、特に不気味だったのは、音が必ず「喪」を伴っていたことだ。
美咲は自分の心の奥に潜む過去の記憶を思い出した。
母は美しい巫女である一方、村で起こる悲劇や不幸をいつも背負っていた。
彼女が亡くなってからというもの、美咲はその役割を引き継ぐことで、ますます母の存在が身近に感じるが、同時にその重責に苦しんでいた。

美咲は声の主を求めて神社の周囲を探し回った。
すると、突然、黒い影のようなものが視界に入った。
それは彼女を見つめる少年の姿をとっていた。
少年の目は虚ろで、微笑みを浮かべているようにも見えた。
彼女は息を呑んだ。
「あなたは誰?」と尋ねると、少年はただ「母を返して」と言い続ける。

その瞬間、美咲は胸の内に重苦しい感情が渦巻くのを感じた。
彼女は何も返すことができず、その場から動けなくなった。
少年は瞬間的に消え、代わりに囁く声だけが周囲に残った。
村を滅ぼす「険」を象徴するように、彼女の心にかつての悲劇が蘇る。
母は神の意志に反して、村人たちを救おうとして命を捧げたのだ。
その代償として、村は今も災厄に脅かされている。

美咲は思わず神社へ駆け戻った。
「神よ、どうか教えてください。私に何ができるのですか?」叫んだ。
すると、一瞬の静寂の後、耳元で再びあの声が響いた。
「美咲、彼を救え…」それはまるで母の声が地上から呼びかけているかのようだった。

意を決した美咲は、再び少年を探す旅に出た。
彼女は村の廃墟や森を駆け巡り、不気味な音が続く限り、声の主を追い求め続けた。
しかし、どのように探しても少年は見つからなかった。

次第に彼女の意識が途切れ、深い闇に飲み込まれた。
目を開けると、自分が神社の前に立っていることに気づく。
何も変わらず、時間が止まったかのような光景が広がっていた。
美咲はその瞬間、神社の境内に散乱する花びらの中に、母の姿を見つける。
彼女はただ静かに微笑んでいたが、その周囲には無数の影がうごめいているように感じた。

「美咲、お前が巫女だ」と言う声が聞こえてきた。
彼女は知った。
失った命を背負うことが、自らの運命であることを。
その瞬間、美咲は村の運命を変えるため、自らの身を捧げる覚悟を決めた。
音が再び響き渡り、美咲の心は神の意志と一体化する。
彼女はかつての悲しみが、未来への希望へと廻り行くことを願い、静かに祈りを捧げ続けた。

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