古い山里の片隅に、一人の師が住んでいた。
名前は清人。
彼は若い頃から、山に伝わる神秘的な教えを学び、村人たちに心を鎮める方法や、古来より伝わる和の精神を伝授していた。
清人はその穏やかな性格と深い知識から、村の人々に尊敬されていたが、彼自身はいつも孤独を感じていた。
ある秋の晩、清人は山を歩いていると、ふと目に留まったのは朽ちた古い社だった。
彼はその社の周囲を調べることにしたが、社の奥にはまるで別の世界への扉があるかのように、まばゆい光が漂っていた。
何気なくその光に引き寄せられ、清人は社の中に足を踏み入れた。
社の中は異様な静けさに包まれていた。
清人が一歩進むと、突然、周囲がうねり始め、目の前に幻想的な光景が広がった。
そこには、彼が教えを説いた村人たちの姿が映し出され、その表情は晴れやかで幸せそうだった。
しかし、次の瞬間、彼らの姿はみるみるうちにぼやけ、姿を消してしまった。
その中でひとり、清人を見つめている女性がいた。
彼女の名は桃子。
村の若い女性で、清人が特に心を寄せていた。
桃子は清人に微笑みかけるが、その目には深い悲しみが宿っていた。
清人は彼女の存在に驚きながら、どうしても彼女を失いたくないと思った。
しかし、桃子はさらに遠くへと消えていく。
「待ってくれ、桃子。」清人は叫んだ。
しかし、ただ虚しい声が響くばかりだった。
桃子の姿は消え、静けさが戻った。
気がつけば、清人は再び社の前に立っていた。
心の奥にぽっかりと穴が空いたように感じ、彼女を失った悲しみが心を引き裂くようだった。
その日から、清人は桃子を取り戻すことを決意し、毎晩社へ足を運ぶようになった。
日々、清人は桃子と出会う瞬間のために、社の中で数々の神秘的な儀式に取り組んだ。
だが、どんなに努力しても、桃子を感じることはできなかった。
その代わり、次第に他の村人たちの姿が彼の視界に現れ、彼らもまた悲しそうにこちらを見つめていた。
ある晩、清人は再び異なった光景に遭遇した。
村は徐々に荒れ始め、愛する人々が失われてしまう現象が広がっていた。
村人たちが清人に訴えかけ、「どうして私たちを見捨てたのか」と言わんばかりに嘆いている。
清人は恐怖に駆られ、思わずその場から飛び出した。
翌朝、村は静まり返っていた。
清人は慌てて山を下り、誰もいない村を見て悲しみに打ちひしがれた。
桃子の失った実体とともに、彼は自分自身も失う運命にあることを理解したのだ。
彼の心は虚無感に満ち、過去の思い出がわずかに残るだけだった。
清人はその後、もう一度社へ行くことを決意した。
彼は桃子との再会を果たすために、最後の試みをするつもりだった。
しかし、社に着くと、そこはかつての穏やかな場所ではなく、ただ漠然とした影と不気味な力に包まれていた。
彼はそこに立ち尽くし、静かに目を閉じた。
桃子の面影を思い出し、そして再会を願った。
しかし、明るい光が再び彼の目の前に現れることはなかった。
次第に、清人の姿もまた痩せ細り、やがて彼の記憶すらも消えてしまう運命を受け入れざるを得なかった。
その後、村人たちの記憶には清人の名すら残らず、古い社はひっそりと朽ちていった。
そして、失われた人々がかつて守り続けた和の精神は、往き場を失い、山の静寂の中に埋もれていった。