静かな山あいにある古びた窟(いわや)は、村人たちの間で恐れられていた。
あまりに長い間、不気味な噂が絶えないこの場所は、特に「怪」と呼ばれる存在が住み着いていると信じられていた。
多くの者がその窟には二度と戻ってこなかったため、村人たちの間で「失われた者の家」とまで称されていた。
ある日、田中慎吾という若者が、友人の中村健一に誘われてその窟に足を踏み入れることを決意した。
彼らは、自分たちの勇気を試すためにこの禁断の地へと向かったのだ。
慎吾は、あまりに恐怖心を抱くうちに、いつの間にかそれを克服したいと思うようになっていた。
窟は外からは平和に見えたが、内部は異次元のような暗闇に包まれていた。
慎吾と健一は、懐中電灯を手にして奥へ進んでいく。
黒々とした壁は巨大な石で覆われ、何年も使われていない様子だ。
ふと、慎吾は周囲の空気が重く、彼の心にも不穏な影がささやくように感じた。
進むにつれて、彼らの聴覚が敏感になり、静寂の中に潜む微かな音が耳をつんざいてきた。
「おい、何か聞こえないか?」慎吾が言うと、健一は首を振った。
しかし彼は、何か得体の知れない物が潜んでいるような気がして、心が震える思いだった。
「行こうぜ、もっと奥へ。」健一が不安を押し隠して言った。
慎吾も無理にその気持ちに合わせるように頷いた。
二人はさらに奥へ進むと、広い空間に出た。
壁には古い文字が刻まれ、まるで何かの呪文のように見えた。
そこには、見知らぬ顔の者たちの痕跡が散乱していた。
慎吾は、ふと周りを見回した。
すると、目の前に立つ一人の「怪」の姿に目を奪われた。
それは人間とはかけ離れた形で、異様な防具をまとった者であった。
無表情のその者は、動くたびに冷たい霊気を放っているようで、慎吾は心臓が高鳴るのを感じた。
「私を、飲み込みなさい…」静かな声が窟の隅から聞こえてきた。
慎吾は恐れと共にその場を動けなかった。
健一は既にその声に引かれているようで、慎吾の手を振り解き、怪のもとへと近づいてしまった。
「待って、戻れ!」慎吾が叫ぶと、怪は健一の目を見つめた。
その瞬間、健一の顔が恐ろしい青白さに染まり、まるでその魂が引き込まれていくかのようだった。
慎吾は、代わりに何かが彼の内側で失われていく感覚を味わい、胸の奥が冷たくなった。
「お前はもう戻れない…」慎吾は叫んだが、健一は彼に向かって一度も言葉を返すことはなかった。
彼は消えてしまった。
目の前には、怪だけが残り、慎吾の心に深い恐怖が満ちた。
彼は窟から逃げることを決意した。
しかし逃げようと振り返ると、怪が彼の後ろに立ち、慎吾を見下ろしていた。
「逃がさない…」その声が緩やかに響くと、洞窟内に異次元のような響きが広がっていった。
慎吾は必死になって出口を探し、全力で駆け出した。
周囲の空気が彼を包みこむように冷たく感じられたが、恐れが彼を加速させた。
振り返ると、怪がまだ彼を追っている印象があったが、恐怖心が彼の足を速くする原因となった。
無事に出口にたどり着いた瞬間、慎吾は振り返った。
そこにはもう怪の姿は見当たらなかった。
そして、彼の心には一つの事実が重くのしかかっていた―健一はもう二度と戻れないのだと。
慎吾は急いで村へ帰るが、彼が見つけた窟の奥にあった異なる世界の空気が心に残り、失われた友人の存在が胸を締め付けるように感じていた。
あの日、彼が深くて暗い窟へと足を踏み入れたことで、何かが終わり、また新たな恐怖が始まってしまったのだ。