「失われた光の影」

陰鬱な雨が続くある日、東京のとある住宅街に位置する小さなアパートに、橘真一という青年が住んでいた。
彼は仕事に追われる毎日を送り、何かを求めるように日々疲弊していた。
心のどこかで何か大切なものを失っている感覚に悩まされていたが、その正体は分からなかった。

ある晩、真一は帰宅すると、突然自分の部屋が何か異様な雰囲気に包まれていることに気づいた。
薄暗い照明の下、何かが瞬いている。
彼は不安を感じながらも、近寄ってみると、そこには見知らぬ小さな光が漂っていた。
それは青白く、微かに彼の心を引き寄せるような温かさを持っていた。
真一はその光に手を伸ばした。

「なんだ、これは?」

しかし、その光はゆっくりと彼から遠ざかり、薄暗い部屋の隅に隠れてしまった。
真一は驚き、焦りを感じつつ、その光を追いかけてみることにした。
その時、不意に胸の奥で、失った何かが呼応するように感じたのだ。

日を重ねるごとに、真一はその不思議な光に強く引かれていく。
彼は毎晩のようにその光が現れるのを待ち、必死に手を伸ばし続けた。
しかし、光はいつも彼から逃げるように姿を消してしまった。
それに伴い、真一の心に潜む不安感はますます強くなっていった。

ある晩、その光が彼の目の前に再び現れた。
しかし、今回はただの光ではなかった。
光の中に、誰かの顔が見え隠れしているのだ。
それは彼の幼少期に一緒に遊んだ友人、陽子だった。
彼女は無邪気な笑顔を浮かべ、彼に手を差し伸べているように見えた。

「真一、こっちにおいで!」

慌てた真一はその声に心を掴まれた。
失ったのは彼女の存在なのだと理解した瞬間、彼は手を伸ばし、光に触れようとした。
しかし、光は再び消え、無情にも部屋は暗闇に包まれてしまった。

それからというもの真一は、陽子の幻影に囚われて生活するようになった。
毎晩のように帰宅し、彼女の姿を求めては必死にその光を探し続けた。
だが彼が求めるのは本当に陽子だったのか、それとも失った未来だったのか、自分でもわからなくなってしまっていた。

日が経つにつれ、彼の周りの空気は重たくなり、存在が薄くなっていくのを感じるようになった。
周囲の人々も彼から離れ、孤独感は加速していった。
まるで彼自身がその光の欠片を見失ってしまったように。

ある日、真一は決心をした。
もう一度、光に向かって全力で手を伸ばし、彼女に手を取ってもらおうと。
彼はその夜、部屋の明かりを消し、光を求めて静寂に目を閉じた。
そして、心から願った。

「陽子、もう一度会いたい!」

その声が途切れると、部屋の中が一瞬、眩しい光に包まれた。
恐れや不安を振り払うように彼は目を開け、光に手を伸ばす。
光はすぐ近くにあり、彼女の姿も見えた。
しかし、その笑顔は今までの温かさとは異なり、どこか冷ややかさを失った表情に変わっていた。

「真一、私を求めるの?でも、あなたはもう私を許していない。」

真一の心臓が激しく鳴り響く。
過去を背負ったまま見えないものを求めていた自分の愚かさに気づいた。
その瞬間、彼は光の中に引きずり込まれるように身を投じ、そして気づく。

自分が失ったのは、陽子の存在だけではない。
彼自身の未来でもあったのだ。
長い間犯罪のように奪われた心の光。
彼はそのことを受け入れようとした時、一瞬の苦痛に襲われ、その後、ただ静寂の闇に包まれた。

光は再び消えた。
しかし、彼の心の奥深くには、かつての自分が求めていた温もりの影が、かすかに残されていた。
それ以降、真一の住むアパートは、訪れる者もなく、ただ静まり返ることとなった。
彼はどこへも行けずに、そこに佇んでいるだけだった。

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