「夢の中の囚人」

田中は日常の忙しさに追われ、仕事から帰るとすぐに眠りにつく日々を送っていた。
ある晩、いつも通りにベッドに横になった彼は、夢の中で不思議な場所に立っていた。
それは、彼が知らないはずの古びた神社だった。
薄暗い境内には、静寂が漂い、月明かりが木々の間からこぼれていた。

彼はその神社に引き寄せられるように歩み寄った。
境内の奥には大きな石の鳥居があり、その先には朽ちかけた本殿が立っていた。
「ここに何かがある」と本能的に感じた彼は、鳥居をくぐり抜け、本殿の中へと足を踏み入れた。
すると、そこには小さな祠があり、何かが置かれていた。
それは透明なガラスのような小さな玉だった。

田中はその玉を手に取った瞬間、周囲が一変した。
夢の中の空間が歪み、彼は不思議な感覚に襲われた。
まるで、自分の意識が異次元と繋がったかのようだった。
それからすぐに目が覚めた彼は、重い疲労感と共に目を開け、いつもと変わらない自分の部屋を見渡した。

次の日、田中は仕事に向かう途中に、ふと思い出してその神社を訪れることにした。
彼は夢の中に出てきた神社を確かめるべく、知らない道を進んだ。
ほどなくして、その古びた神社が目の前に現れた。
「本当にあったんだ…」と驚きながら、彼は再度その境内を歩き回り、夢の中で見た鳥居を確認した。

夢に出てきた祠の場所を探し、ようやく見つけると、そこには未だにあの玉は置かれていた。
興味を惹かれた田中は、それを再び手に取ると、夢の中と同様に周囲の空間が揺らいだ。
この瞬間、彼は夢の続きが始まるのではないかと期待した。
しかし、次の瞬間、彼は目が見えなくなり、頭の中が真っ白になった。

やがて気がつくと、彼はその本殿の中に佇んでいた。
だが、異変に気付くのは遅かった。
祠の周りには、無数の手が伸びており、彼を取り囲んでいた。
手は冷たく、底知れぬ恐怖が彼の心を穿った。
「夢ではない…現実なのか?」彼の心に不安が押し寄せる。

そして、その手の持ち主たちが次々と姿を現した。
彼が捨て去った記憶たち、過去の後悔、放置した感情たちだった。
彼はそれらに取り囲まれ、彼の心の中に棲む恐れと向き合うことになった。
彼らは彼に訴えかけてくる。
「私たちを忘れたのか?棄ててしまったのか?」

田中は絶望的な気持ちになりながら、必死に逃げようとしたが、どの方向にも進むことができなかった。
彼の心は、彼自身が棄てた思い出によって確認され、再び呼び戻されていく。
「逃げても無駄だ。私たちは、お前の一部なのだから。」

その瞬間、田中は自分が日常に追われるあまり、心の奥底にある記憶や感情をすべて棄てていたことに気づく。
それらを無視することは容易だったが、それらを棄てることはできなかった。
彼は力を振り絞り、心の中の「向き合うべき課題」を見つめ直すことを決意した。

しかし、彼の意志が通じることはなかった。
次の瞬間、彼は再び現実の中に放り出されていた。
しかし、その心の傷が癒されることはなく、彼は夢と現実の狭間でさまよう囚人となってしまった。
そして、今も誰も訪れない境内で、彼は過去の思い出たちと共に佇み続けながら、無限の夢を見続けている。

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