「夢の中の印」

夜、薄暗い街を照らす街灯の光が、道に落ちる影を揺らめかせていた。
小さな町の外れに位置する古いアパートに住んでいる佐藤健一は、最近奇妙な夢に悩まされていた。
その夢は、いつも同じ場所で始まる。
手入れの行き届いていない公園。
そこは、彼が子供の頃に遊んだ思い出深い場所だった。

先日、健一の親友である中村亮が言っていた。
彼もその公園で奇妙な体験をしたことがあると。
健一は亮の話を思い出しながら、自分の夢に出てくるあの場所がどうしても気になり、ついには直接公園を訪れる決心をした。

公園に着くと、そこは夢の中で見たとおりに、どこか不気味で静まり返っていた。
風が吹くたびに木々がささやくような音がして、まるでこの場所に隠された秘密がささやいているかのようだった。
健一はふと、あの夢の中で見た“印”があるのではないかと思い、公園を隅々まで歩き回った。

すると、遊具の近くに小さな彫刻があった。
それは、子供の形をしたモニュメントだったが、目の部分が妙に暗くくぼんでいて、どこか引き寄せられるような感覚があった。
触れてみると、冷たい感触が指先を走り、背筋が凍るような思いがした。
その瞬間、健一の頭の中に夢の光景が浮かび上がってきた。
彼はその子供の姿の印に引き寄せられ、心のどこかで何かが始まったことを感じた。

その夜、健一はまたあの夢を見た。
公園にいる自分は、操り人形のようにその子供の後を追っていた。
彼は不安でいっぱいだったが、その子供には明るい笑顔が浮かんでいた。
そして、子供はただ「遊ぼうよ、新しい友達だ」と言った。
しかし、その言葉には何かぞわぞわする響きがあり、健一の心に暗い影を落とした。

数日後、彼が夢の中でその子供と遊ぶうちに、健一は夢の世界が現実のように思えてきた。
そして、夢の中で交わされる言葉や表情が次第に彼の日常を蝕んでいった。
日常の記憶が薄れ、夢の中の出来事が彼の現実となった。
健一は、自分がこの子供と何かしらの関わりを持ち始めていることに気づかずにはいられなかった。

ある日、彼は亮にこの夢のことを打ち明けようと思った。
しかし、亮は自分もまたその公園で不思議な声を聞いたことがあると言った。
「あの公園には、消えた子供がいるんだ。夢の中で彼と会うと、次第に自分の印を与えられる。そして、現実へ戻れなくなるかもしれない。」

その言葉を聞いた健一は、恐れが胸に広がるのを感じた。
夢の中の子供と遊んでいる自分が、次第に本当の自分を失っていくことに気づいたのだ。
そして、夢と現実のふたつの心がせめぎ合う中、彼は夢の中の子供を忘れないために何が必要なのか、自問するようになった。

健一はもう、夢の中の子供を忘れることはできなかった。
夜になると、その子はいつも彼のところに現れ、笑顔で呼びかけてくる。
彼の心の中で、何かが狂い始めているのを感じた。
そして、夢の中でその子との思い出が積み重なっていくにつれ、彼の現実世界からの存在が薄れていくのだ。

日々が過ぎる中、健一は無意識に夢の中の生活を優先し、現実を疎かにするようになった。
彼が気づくと、周囲の人々との関係は淡々とし、仕事もおろそかになっていた。
ついには、亮すら健一を心配することもなくなった。

最後の夜、健一は夢の中で子供と一緒に遊び、いつまでもその瞬間を大切にしようと思っていた。
だが、ふとした瞬間、振り返ると彼の周りには誰もいなかった。
子供は薄笑いを浮かべていたが、その視線は次第に暗くなり、彼の心をも飲み込んでいくようだった。
そして、彼の心の印は消え去り、彼はその子供の世界に取り込まれてしまったのだった。

現実の世界には健一の姿はなく、ただ彼の影が公園に一つ、ぽっかりと残されていた。

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