「夢の中の列車、逃げる影」

夜の駅は静寂に包まれていた。
薄暗いホームの端、ひときわ目を引く一つのベンチに、るという名の少女が腰掛けていた。
彼女は最近、何度も同じ夢を見ていた。
その内容はいつも変わらない。
夢の中で彼女は、消えた列車に誘われるように駅にたたずんでいる。
そして、その列車は彼女を逃すために存在しているかのように、いつも出発寸前に姿を消してしまうのだ。

「また、この夢か…」

るは、ぼんやりと考え込みながら、ホームの方を見つめた。
彼女は何かを感じる。
普段は人々で賑わう駅も、今は彼女一人だけの世界だった。
街の灯りが駅の周囲を薄っすらと照らし、その影が長く伸びている。
駅の時刻表を見ると、次の列車が来るまでにはまだしばらく時間があった。

彼女はこの場所で何かを発見したいと考えていた。
夢の中で何度も逃げられている列車を、現実で捕まえたくてたまらなかったのだ。
果たしてその列車は現れるのか。
不安が胸に広がる。
だが彼女は、時が永遠に続くかのように感じるこの静けさが心地いいことも理解していた。

ふと、駅の改札口から入ってきた影が目に入った。
それは、一人の中年の男だった。
無愛想で無表情な彼は、まるで何かを探しているように辺りを見回し、時折るの方に視線を向けては、またどこかへ目を向ける。
彼女は興味を引かれた。
夢の中でも彼に似た人物が、彼女を追いかけているからだ。

「あなたも、列車を待っているのですか?」

るは声をかけた。
男は一瞬驚いたように振り返り、ゆっくりと近づいてきた。

「いや、私は…待っているのは、もう永いことだ。」

その言葉に、るの心がざわめいた。
彼は何かを知っているのだろうか。
興味を持ちながらも、恐れも感じた。
男の言葉は響くように、彼女の心の奥に届いた。

「私の名前はる。あなたの名前は?」

「名前なんて無意味だ。私はただ、夢の中の人間だ。」

男はそう言いながら、再び視線をホームに戻した。
るは夢の話を思い出した。
彼がその夢の中の存在であるなら、彼には何か知識があるのではないだろうか。

「列車について、教えてください。私を逃がすその列車について。」

しばらくして、男は口を開いた。

「列車は、永遠に逃げ続ける運命にある。それは人々の夢の象徴であり、欲望が形を持ったものだ。だが、その列車には、人々が見過ごしてきた理由が隠されている。」

「理由?」

「夢を追い求めることの大切さ、そして、逃げることは本能であり、同時に恐れでもある。ここで待ち続けることは、逃げることと同じだ。あなたの心の中には、そんな因があるのだ。」

不安と期待が交錯し、るはその言葉に頭をかき混ぜた。
心の中に蠢く感情が確かにある。
夢の中で逃げているのは、そこで何かを解決したいという思いからかもしれない。

「どうすれば、列車に乗ることができるの?」

男は一瞬、微笑んだ。

「心を解放することだ。そして、真実に向き合う時が必要だ。夢の中で学んだことを、現実でも実践するのだ。」

その瞬間、駅の時刻表が明るく点滅し、列車が近づいてくる音が聞こえた。
少しずつ色を変え始めるホームの風景。
るの中で何かが動き出したようだ。

「今だ、行きなさい。」

男の声が響く。
その声に背中を押されるように、彼女は身を乗り出した。
彼女の目の前には、今まさに現れた列車が停車している。
夢の中で何度も見た情景。
今度は逃げずに、真正面からその列車に向かう決意を固めた。

るは心の中の恐れを解き放ち、手を伸ばす。
列車の扉が開き、乗り込む準備ができていた。
しかし振り返ると、男の姿はもう消えていた。
薄暗い駅の中で、彼女は自身の心を信じて、列車に飛び乗った。

永遠に逃げることを経て、ついに彼女は進化する一歩を踏み出したのだった。

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