夜、静かな町の片隅にある古びたアパートに住む中村直人は、いつものように遅くまで仕事をしていた。
彼は忙しい日々の疲れを癒すために、毎晩のように飲んだくれているが、その晩は何となく気分が優れなかった。
パソコンの画面に向かい合う彼の頭の中には、最近見た夢のことが引っかかっていた。
その夢はいつもと違い、異様なものだった。
彼は真っ白な世界に立ち、周囲には何もない。
ただ、一点だけ、遠くにぼんやりとした影が見える。
その影は徐々に近づいてきて、目を見ると、それは彼自身の姿だった。
しかし、体は透明で、何か異変を抱えているように感じられた。
直人は、その影に引き寄せられるように近づいていくが、何かが彼を阻んでいる。
夢の中の自分は、必死に何かを訴えているようだったが、声は届かない。
その瞬間、直人は目を覚ました。
それ以来、夢の中の自分の姿が気になり、彼の日常生活の一部になっていた。
直人はその夢を忘れることができず、自分がそれに囚われている、もしくは何か重要なことを見落としているのではないかと感じた。
ある晩、彼は再びその夢を見た。
今度は、透明な自分が彼の傍に立ち、何かを示すように指を指している。
興奮を感じた直人は、夢の中でその指先を追ったが、またもや声は届かない。
その翌日、彼は昼間も夢に出てくる影のことを考えていた。
不安を抱えながら仕事をし、帰宅してからもそのことが頭を離れない。
思い余った直人は、夢の中の自分が何かを「見せようとしている」と直感し、何か手がかりがあると信じて、夢の現象を解明しようと決意した。
そして、次の夜、彼は寝る前に瞑想をし、自分の気持ちを整え、心をクリアにすることにした。
その晩、直人はついにその夢の中で、透明な自分と対峙した。
彼は真剣な面持ちで、透明な影を見つめながら尋ねた。
「君は何を知っているの?どうして僕を呼ぶの?」すると、透明な自分は静かに頷き、再び指を指し始めた。
そして、彼の目の前に現れたのは、彼が今まで忘れていた、幼い頃の思い出だった。
彼は家族や友人と過ごした幸せな瞬間を見せられ、同時に自分が失ってしまったものの数々に気づいた。
夢の中で、直人は見たくなかった過去の痛みが蘇り、涙が止まらなかった。
透明な自分が示したのは、彼が今の生活に忙殺されて気づかない、心の奥底に眠る思いだった。
彼は、「何でこのことを忘れたんだろう」と思い、自分自身を取り戻そうと自覚した。
夢が終わり、朝日が差し込む頃、直人は目を覚ました。
彼の心には、何か重たいものがなくなったような、すっきりした感覚があった。
そして、以前のように放置していた心の中の思い出に向き合う決心をした。
夢の中の透明な自分と出会ったことで、彼は初めて自分自身を「見つめる」ことができたのだ。
それからの日々、直人は以前よりも積極的に人と会い、心のつながりを大切にするようになった。
友人と一緒に過ごし、家族に連絡を取り、失ったものを少しずつ取り戻していく。
彼は夢での出来事を決して忘れず、むしろそれを利用して、人生を深く味わうことができるようになった。
透明な自分が告げたことは、彼にとって大切な教訓となり、心の奥に残るものとして生き続けた。