「夢に潜む影」

ある小さな町の外れに、古びた木造のアパートが立っていた。
数年前から人が住まなくなり、外壁は剥がれ、窓ガラスはひび割れていた。
しかし、そこで一人の青年が住むことになった。
彼の名前は健人。
夢を追い求めるためにこの町に引っ越してきたが、生活は思うようにはいかなかった。
仕事がなく、日々の生活費を稼ぐために、彼はバイトを掛け持ちしていた。

ある晩、健人は仕事を終え、自宅に帰る途中、ふとそのアパートに目を留めた。
疲れ切った体を休めたくなり、好奇心から建物に足を踏み入れると、その薄暗い廊下には奇妙な静けさが漂っていた。
扉を開けると、すぐに嫌な気配を感じたが、そこには暖かい明かりが漏れていた。
誰かが住んでいるのかと、彼は部屋に入っていった。

その夜、健人は夢を見た。
夢の中で彼は、なぜかそのアパートの住人の一人である年配の女性と対峙していた。
彼女の名は和子。
彼女は、かつてこのアパートに住んでいた人々の夢を壊す存在だった。
和子はあなたが大好きだから、夢の中でいつも語りかけてくれる。
しかし、その声はどこか不気味で、日を追うごとに健人の心に影を落としていった。

数日後、健人は彼女の声に呼ばれるようにして、また夢の中に飛び込んだ。
和子は、自身の夢が崩れるのを恐れており、健人に助けを求めてきた。
「夢が壊れないように、誰かを引きずり込んでほしい」と懇願してきた。
彼はその言葉に不安を覚えたが、同時に和子の孤独を感じ、ついに約束をしてしまった。

夢から覚めると、健人は自分の行動に愕然とした。
しかし、もう逃れることはできなかった。
彼は次の夜、夢の中で再び和子に会うと、彼女は彼に言った。
「誰かの夢を壊すことで、私のものが保たれるのだ」と。
その瞬間、健人は彼女の意志に巻き込まれていくのを感じた。
まるで、自分の意識が和子に飲み込まれてしまうかのように。

数ヶ月が経つにつれ、健人の心は次第に壊れていった。
彼は昼夜を問わず、悪夢にうなされ、現実と夢の境界が曖昧になっていった。
周囲の人々にも変化が現れ、健人は人を遠ざけ、次第に孤独が深まっていった。
彼が夢の中で行った約束は、実際の生活にも影響を及ぼし、彼は周囲の人々に急激に恨みを抱くようになった。

ある日、健人はふとしたことから幾人かの友人と再会するチャンスを得た。
しかし、彼の心の中では既に和子の意識が支配を始めていた。
彼は、友人たちとの会話の中で、彼女の声がささやくのを聞いた。
「夢を壊せ」と。
その言葉に促されるように、健人は彼らに自分のことを語り始めた。
次第に、健人の語る言葉はよりねじれた内容になり、友人たちは困惑して彼を避けるようになっていった。

それから数週間後、健人は夢の中で和子とともに、一人の友人を引きずり込む決断を下した。
彼は夢の世界で待ち受ける自分の姿に恐れを感じながらも、彼女とのつながりを断ち切ることができなかった。
その友人は、一度夢の中へ入ってしまうと、二度と戻ってこなかった。
友人たちの心の中に残るのは、不気味な空気だけだった。

こうして健人は、和子の意志に従い続けていった。
彼は夢と現実の狭間で揺れ動き、自身の意識が完全に崩れ去るのを感じていた。
彼はもう戻れないところまで来ていた。
壊れた夢の中で、和子とともに永遠に彷徨い続ける運命を背負うことになった。
彼の心には、もう誰の声も届かないのだった。

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