深い闇の中、特に静まり返った夜道を歩くのは、不気味さを伴う挑戦のようだった。
ある晩、大学生の健二は友人たちと飲み明かした帰り道、一人で帰ることになった。
彼はいつもと違う道を選んだ。
道には街灯が少なく、なぜか暗さが生々しく感じられた。
耳を澄ますと、微かな風の音や、遠くの何かの囁きが聞こえてきた。
気のせいだと思い、何度か振り返ったが、誰もいない。
しかし、次第に胸の奥に芽生えた不安感が拭えずにいた。
けれど、彼はこの道を通らなければならないという運命を感じるようになり、意を決して歩き続けることにした。
道の途中、健二はふと視線を感じた。
振り向くと、そこには一人の女性が立っていた。
彼女は青いワンピースを纏い、長い黒髪を風になびかせ、無表情で道の端に佇んでいた。
しかし、彼女の顔はよく見えず、その存在感がかえって不気味さを増すばかりだった。
少し気になり、彼は近づこうとした。
その瞬間、彼女がこちらをじっと見つめてきた。
「何かお探しですか?」彼女の低い声が耳に届いた。
その言葉になぜか引き寄せられ、健二は思わず立ち止まった。
いつの間にか、彼女の前に立っていた。
「いや、別に探しているわけでは……」
「でも、道に迷っているのではないのですか?」彼女は微笑みを浮かべ、もう一歩近づいてきた。
その瞬間、健二の心に冷たい恐怖が走った。
彼女の瞳の奥には、何か得体の知れない暗いものが潜んでいたからだ。
「悪いけど、私は急いでいるんだ。」健二は背を向けて逃げ出した。
しかし、彼女の声が再び響いた。
「行ってしまうのですか? 答えが必要な時、いつでも戻ってきてください。私はここに居ます。」
その声はまるで道のあちこちから響いているように聞こえる。
必死に逃げ続けた健二の後ろには、何かがついてきている感触があった。
それは彼の心の中の、孤独や不安を呼び起こす存在であった。
道はいつまでも続き、彼は決して自分の家にたどり着けないような気がした。
やがて、彼は息を切らしながら道に転がり込んだ。
何とか逃げ切ったと思った。
周囲にはもう誰もおらず、漠然とした安心感が訪れた。
しかし、ふと振り返ると、あの女性が再び立っていた。
まるで彼を待っていたかのように。
彼女の姿は静まり返った夜の中、まるで周囲の影に溶け込んでいるようだった。
「なぜ逃げるのですか?」彼女はいつも通りの微笑みを浮かべたが、その目は冷たく輝いていた。
「あなたの心の中に、あるいはあなたの探し求めているものが、ここには居るのではないですか?」
健二は不安に駆られ、その場から逃げようとしたが、足が動かない。
彼女の存在がかえって心を揺さぶり、逃げ出すことができなかった。
彼は自分が心に抱えていた孤独を思い出し、その存在が何かと繋がっている感覚を覚えた。
追い詰められた彼は、思わず叫んだ。
「お願いだから、離れてくれ!」その言葉には必死な思いがこもっていた。
彼女の顔が一瞬だけ崩れ、その後は静かな微笑みだけが残った。
「行かないで。私を捨てないで。」その声が、いつまでも彼の耳の中に残り続けた。
意識を失ってから、気が付けば健二は道を歩いていた。
何もかもが変わっていることに気づいた時、彼は再びその道を歩いている理由を問いかけたが、自分の存在が消えかけていることには気づいていなかった。
彼が求めていたものは、あの女性の存在そのものだったのだ。
道は終わらず、彼もまたそこに居続けることになるだろう。
彼は自らの影に飲み込まれ、永遠に孤独と向き合わなければならなくなった。