夏のある晩、麻美は友達とキャンプに出かけた。
選んだ場所は、深い森林に囲まれた静かなキャンプ場。
周囲は虫の音が響くだけで、時間が止まったかのような静けさが広がっていた。
リーダー的な役割を担っていた麻美は、仲間たちを焚火の周りに集めて、夜の帳が下りるのを待つことにした。
「ねえ、麻美。怖い話を聞かせてよ」と友達のひとり、ゆうこが言った。
麻美は少し考え、かつて聞いた不気味な話を思い出した。
彼女の知らない町の伝説が、まるで麻美の心に住み着いたかのように感じられた。
「このキャンプ場の近くに、かつて消えた女の人がいたらしいの…」と彼女は話し始めた。
「その人は村の若い娘で、恋人と一緒に過ごすためにこの森に来て、帰らなくなったと言われています。そして、彼女の姿が夜になると現れるらしいの。真夜中に焚火の近くに立ち、その姿は幻のようにぼんやりとしていて、声をかけると消えてしまうんだって。」
仲間たちは興奮と恐怖が混じった表情でうなずいた。
「そんなの信じるわけがないよ」と一人が言ったが、その声には少し緊張が漂っていた。
麻美が話を終えると、ふと焚火の炎がパチパチと音を立てた。
夜が更けるにつれ、木々の影が長く伸び、闇がこちらに迫ってきている。
彼女たちはテントの中に戻り、眠りにつこうとしたが、誰もが不安な気持ちを抱えたまま、明かりの下で目を閉じた。
その時、麻美は夢を見た。
夢の中で、彼女は森の中を歩いていた。
冷たい風が頬に触れ、暗闇の中に何かが動いている気配を感じる。
不安に駆られた麻美は、周囲を見回した。
すると、かすかな光に導かれるように進むと、一人の女性が立っていた。
彼女の顔は見えないが、白いドレスをまとった姿をしている。
まるで幻のように、その女性は麻美に手を差し出した。
「来て…私と一緒に。」
その声はか細く、まるで遠くから響いてくるかのようだった。
麻美はその呼びかけに引き寄せられるが、どこかで恐怖の感情が心を締め付けていた。
雑音のような声が耳の奥に響く。
「近づいてはいけない」と。
「おい、麻美!」その声でハッと目を覚ました麻美は、テントの外から友達の叫び声が聞こえるのを感じた。
慌てて外に出ると、周囲は一面の暗闇で、仲間たちは怯えた表情を浮かべていた。
「どうしたの?」麻美は尋ねた。
「ゆうこがいなくなった!さっきまでここにいたのに、急に消えたんだ!」仲間の一人が息を切らしながら言った。
麻美の心に恐れが広がる。
彼女が夢で見た女性の姿が浮かび上がり、何かが彼女を呼んでいるように感じた。
麻美は不安を抱えながら森の中に走り出した。
周囲は静まり返っており、暗闇の中にゆうこの名前を呼び続けた。
「ゆうこ!どこにいるの!」しかし、彼女の声は無情にも森の空気に吸い込まれていった。
果たして、ゆうこはどれほど先に進んでしまったのか。
やがて、麻美の目の前にかすかに光るものが見えた。
近づくにつれて、それは人影のように感じられた。
鼓動が速くなり、恐怖のあまり息が詰まる。
声を出すと、視界にその女性の姿が現れた。
麻美は一瞬で息を呑んだ。
彼女の中に秘められた怒りと悲しみが伝わってくるようだった。
同時に麻美は、ゆうこもその女性の幻に吸い寄せられ、いなくなったのだと直感した。
「来て…私と一緒に…」
その声が再び耳に響いた。
麻美は必死に後ずさりながら、手を伸ばされたその瞬間、足元がふわっと軽くなり、まるで闇に飲み込まれるかのように気を失った。
次の朝、仲間たちは麻美とゆうこの帰りを待ったが、彼女たちは帰ってこなかった。
ただ、キャンプ場には静寂が広がり、時間だけが無情に過ぎていく。
暗闇に消えた二人の声は、もう永遠に帰ってこないのだった。