山並みの奥深くに佇む小さな村、吉水村。
そこには人々が定住することを避ける「夜の旅人」として知られる存在がいた。
彼らは闇の中でさまよう者たちで、誰もがその姿を見ることはなく、ただ奇怪な現象として語り継がれていた。
その村に、健太という若者がいた。
健太は都会の喧騒から逃げ出し、自然の中で自分を見つけようと決意し、短い休暇を利用してこの村を訪れた。
村に辿り着くや否や、彼はひどく静寂に包まれた空気を感じた。
それは、周囲の山々が何かを守り、語らせないような雰囲気だった。
村の中心に立つ古びた神社の前に立つと、彼は何か不気味な気配を感じた。
しかし、夜が更けていくにつれ、好奇心がその恐れを上回る。
彼は神社に入り、そこで不思議な絵馬を見つけた。
その絵馬には、「この村の旅人は、覚醒せよ」という文字が書かれていた。
彼はその意味が分からなかったが、異様な興味を掻き立てられる。
夜が訪れ、月明かりが神社を柔らかく照らす。
健太はふと気づくと、あたりに人影が現れ始めた。
その影は彼にそっと近づくと、不気味に笑いかけた。
彼は驚き、逃げ出そうとしたが、その影は彼の動きを封じ込めるかのように立ち塞がった。
「健太、私たちのことを忘れないで。旅人たちの記憶を受け継いでほしい」と低い声でささやいた。
一瞬、眼前に映る人々の姿は過去の旅人たちであり、彼らはかつてこの村に滞在していた。
しかし、村を去る際、彼らもまた「覚醒」することなく、この世とあの世の境界に取り残されてしまったのだ。
「私たちは夜の旅人。あなたのように村を訪れた者が、再び私たちの記憶を運んできてくれる。そうでなければ、私たちは永遠にこの場所から出ることができない。」彼らは語った。
健太は恐れに打ち震えながらも、彼らの言葉には力が宿っていることを感じた。
彼がその場から逃げ出すことを試みると、村の空気が変わり始め、風が冷たく吹き抜ける。
その影たちは、彼を指差しのけるかのように、無数の囁きを紡いでいく。
「叔父さん、母さん、友達、みんなに伝えてほしい!」その瞬間、健太は不思議な感覚に包まれた。
彼は村人たちに、夜の旅人たちの存在を伝え、彼らの記憶を引き継ぐ決意を固めた。
一方で、心のどこかでその影から逃げてしまいたい気持ちもあった。
しかし、運命がその選択を許さなかった。
影たちは彼を捕らえ、夜の静寂の中で彼を少しずつ取り込んでいく。
結局、健太はその村に留まり、夜の旅人たちの記憶を語り継ぐ役目を担うことになった。
彼の声は村中に響き渡り、旅人たちの存在がもう一度呼び起こされていった。
外の世界では彼の姿を見かけなくなり、彼は夜の旅人の一員となってしまった。
数年後、吉水村に再び人が流れ込むことはなく、ただ静寂と彼の語る声だけが村に残った。
彼の声は滑らかに響き、村人たちに伝えられ続けた。
「覚醒せよ。夜の旅人を忘れないで。」彼の言葉は、今もなお、村の静寂の中に潜む影のように潜み続けている。