「夜の囁き」

彼女の名前は美咲。
東京の片隅に位置する新設の大学に通う、明るく社交的な女子だった。
ある日、彼女は友人たちと共に、合同ゼミで発表を行うための準備を進めていた。
大学のキャンパスは新しく整備された建物に囲まれ、活気に満ちていたが、古い伝説の存在が囁かれていた。

大学の裏手にある古い講義棟には、不気味な噂があった。
過去にそこで、自ら命を絶ったという教授の霊が出没するらしいという話だ。
特に、薄暗い午前2時ごろ、霊が現れると言われていた。
しかし、美咲はそんな迷信を全く気に留めず、友人たちと共に明るく笑いながら大学のカフェで勉強を続けた。

ある夜、ゼミの発表を控えた美咲たちは、準備を整えるために講義棟の一室に集まった。
皆が和気あいあいとした雰囲気で発表の内容を検討している中、深夜も近づくにつれて、周囲が静まり返っていった。
外は霧が立ち込め、視界が悪くなっていく。
いやな予感を感じた美咲は、視線を落としてその不気味さを無視しようとした。

ふと、静寂を破るように友人の一人、健太が言った。
「この講義棟って、なんか怪しいよな。あの伝説の教授の話、聞いたことある?」健太の言葉に、他の友人たちも興味をそそられ、「あの教授、大学ができる前からいたみたいだし、本当にいるかもな」といった風に話を盛り上げ始めた。
美咲は心の中で不安を感じていたが、友人たちの楽しそうな様子を見て、意地でもその不安を隠し通そうと決めた。

深夜も更けた頃、準備を終えた美咲たちが教室を出ようとした瞬間、教室のドアは自動的に閉まり、鍵がかかってしまった。
驚いた美咲たちは、押しても引いても開かないドアに取り乱し始めた。
「どうしたの、これ?」美咲の声が震えていた。
健太も「冗談だろ、何とかして開けよう」と焦った様子だった。

その時、教室の隅から微かな声が聞こえた。
「助けて…」その声は低く、まるで遠くから響いてくるかのようだった。
美咲の心臓が早鐘のように打ち始め、恐怖が彼女たちを包み込んだ。
「誰かいるの?」と恐る恐る美咲が尋ねると、声はさらにはっきりとした。
「私を、出して…。私を解放して…。」

暗闇の中で友人たちの顔が青ざめ、彼らもまた恐怖に駆られた。
不安が広がる中、美咲は友人たちを振り返り、「落ち着いて!ドアを何とかして開けよう!」と叫びながら、一緒に扉を叩いた。
しかし、ドアは頑なに開かず、暗闇の中から囁くような声だけが響いてきた。

「ずっとこのまま…私の代わりになって…」その言葉を聞いた瞬間、美咲は背筋が凍る思いがした。
何かが彼女たちを狙っている、その気配を強く感じた。
友人たちは一層動揺し、絶望感が蔓延していく。
美咲は、一縷の希望を持ちながら心の中で呟いた。
「逃げる方法を探さなければ…」

ふと、教室内の窓がかすかに開いた。
美咲たちはその隙間に目を向け、すぐさま窓へと駆け寄った。
「行こう、あそこから出られるかもしれない!」友人たちがそれに続き、窓を開け放つと、外の霧が冷たく彼女たちの顔に触れた。
彼女たちは一斉に外へと飛び出した。

無事に外に出た美咲たちは、振り返ることなくその場から逃げ出した。
呼吸が乱れ、恐怖心が彼女たちを襲う中で、「あの声は…一体何だったのか…」と考えながら、ただひたすら走り続けた。
美咲の心の中には、一つの疑問が浮かんでいた。
果たして、彼女たちは真に逃れられたのか、はたまたあの声が彼女たちを見逃すわけがなかったのか…。

その後、美咲たちはその講義棟に二度と近づくことはなかった。
伝説の教授の存在は無視され続けるが、時折、夜の霧の中で、誰かの囁きが聞こえるような気がしてならなかった。
彼女たちの中には、確かに何かが宿っているかのように思えた。

タイトルとURLをコピーしました