「夜の囁き」

ある晩、深夜の静けさが広がる中、若い大学生の健一は図書館の庫に足を踏み入れた。
この場所は普段、閑散としているが、彼はその豊富な資料を使ってサークルの研究発表のために急いで準備を進めていた。
健一は早く終わらせて帰りたい気持ちが強かったが、心のどこかに奇妙な緊張が残っていた。

図書館の庫は薄暗く、蛍光灯の光がぼんやりと不気味な影を落としていた。
その冷たい空気の中、棚に無造作に並べられた本の背表紙を見つめながら、健一は一冊の古びた本を見つけた。
タイトルは faded という単語が印刷されており、表紙には何も描かれていない。
好奇心に駆られた彼は、その本を手に取った。

ページをめくっていくと、視界に広がる内容は夢の中で見たことのあるような、疲れた印象の文章だった。
なぜか気になった健一は、そのまま座り込んで読みふけってしまった。
しかし、夢と現実の境目が曖昧になっていく中、ふと耳元で囁かれるような声がした。

「練習しなければならない」と。
その声は、どこからともなくやってきた。
彼は振り向くも、誰もいない。
ぞくぞくする思いを胸に、健一は本に目を戻した。
しかし内容は次第に意味不明な言葉に変わり、まるで彼の夢の中で何かを練習しているような感覚に捉えられていく。

その夜、疲れ果てて図書館の庫でうたた寝をしてしまった健一。
ふと目が覚めると、無数の影が彼の周りを舐めるように動いていた。
影は彼に近づき、何かを求めるようにささやく。
「救いを…求めている…」その声は徐々に大きくなり、彼の心に恐怖が住み始めた。

驚き、身動きが取れなくなる健一。
「誰だ!?」彼は叫んだ。
すると、影の中から一人の若い女性が姿を現した。
彼女は薄い青いドレスを着ており、寂しげな表情を浮かべている。
「私を…救って。」彼女の声は切なげで、それは健一の心を捉えた。

彼は夢の中のイメージを思い起こしながら、その女性について何か知っているような気がした。
「あなたの名前は?」と声をかけても、彼女は答えずにただ頷く。
目の前の彼女がどれほど願っているのか、その気持ちが心に響いてくる。

気づくと、彼は彼女の手を取っていた。
すると彼女は突然、笑顔を見せたが、その表情はどこか悲しい。
影が彼女に向かって集まり始め、彼女はその中に引き込まれていく。
健一は思わず女性を引き留めようとするが、力が足りない。
影は彼女を包み込んでしまった。
その瞬間、彼の目の前は真っ暗になった。

再び目を覚ましたのは、夜が明けかけた頃だった。
図書館の庫は静まり返り、何事もなかったかのように思えた。
健一は夢中で女性の姿を求めたが、どこにも存在しなかった。
しかし、彼女の声はまだ耳に残っていた。
「救って…」心の中で彼女への思いが募る。

その日以降、健一はその夢に悩まされ続けた。
彼女の姿、声、そして願い。
毎晩、彼女の無垢な顔が夢に現れ、彼を呼び続けた。
彼はどうにかして彼女を救う手立てを探さなければと思ったが、答えは見つからなかった。
まるで夜が明けないように、彼の心の中は闇に包まれている。
彼はその夜のことを代償として受け入れる決意を固めた。

ある晩、健一は再びあの夢を見た。
彼女は再び目の前に現れた。
声も姿も、彼がおぼろげに思い出せる空虚な季節のことのように感じた。
「私を救って…」彼女が言ったその瞬間、健一は心の中に強い決意を持った。
「あなたの名前を知りたい。忘れないようにしてみせる。」それが彼の新たな練習だった。
彼女のために、彼自身のために。
夜は更けていく。

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