「声の正体」

作は、静かな街の中に位置する古びたアパートに一人暮らしをしている大学生だった。
彼は文学を専攻しており、自らも小説を書くことを夢見ていた。
しかし、日々の生活の中で彼は創作意欲を失いかけており、自信を失っていることに気づいていた。

ある晩、作は夢中で文章を書こうとしていたが、頭の中は真っ白になり、筆が進まなかった。
その時、彼の耳元に何か微かな声が聞こえてきた。
最初は風の音かと思ったが、次第にそれは人の声に変わっていった。
「作、作…」と、誰かが彼の名前を呼んでいるようだった。

驚いた作は周囲を見渡したが、部屋の中には彼しかいなかった。
声は続いていた。
「お前の才能を忘れるな。己を信じろ。」その声は明確で、まるで彼の内面から湧き上がってくるように感じた。
作は恐怖と興味の入り混じる感情を抱きながら声の主を探したが、誰の姿も見つけることはできなかった。

その後も作は、その不思議な声に導かれるように、美しい情景やアイデアが次々と頭に浮かんできた。
日々の中で思いついた短編小説のアイデアがどんどん膨らみ、次第にそれを形にしていくことができた。
声はその創作の過程で彼を支え、導いてくれる存在となっていた。

「お前の内なる声を聞け。己を見失うな。」声はいつもそう言っていた。
作はその言葉に励まされ、心の底からやりたいことに取り組むことができるようになった。
その声は彼にとって新たな創作の可能性を開いてくれる存在となり、彼は少しずつ自信を取り戻していった。

だが、その声は次第に彼を脅かすものへと変貌していった。
ある晩、作は深夜になっても書き続けていた。
疲労感と焦燥感に苛まれた彼は、いつも聴こえてくる声が今度は冷たい響きで彼に告げる。
「このまま進んでよいのか?お前は本当に己を信じているのか?」その問いかけは、彼を揺さぶるようなものだった。

作は恐れを感じつつも、声を無視して書き続けることにしたが、その晩以降、声は彼の意志を試すように、絶えず囁き続けた。
彼はどんどん自分を追い詰めるようになり、仕事に手を付けることができなくなってしまった。
この声が新たな創作の刺激となったことを再び思い出すが、今やその声は彼に試練を与える存在となっていた。

「お前には才能があるが、それを使いこなす覚悟があるのか?」その声は思わず彼の心を掴むように問いかけてきた。
作はその問いに頭を悩ませる日々が続き、自分とは何か、己とは何かを見直すことになった。

彼はもはや声の正体が明らかになることを期待したが、声はそのまま彼の心の奥で響き続けていた。
とうとう、作は決心を固めた。
自らの内なる声に応え、真正面から向き合うことを選んだのだ。
彼は過去の作品をすべて見直し、これまでの自分と向き合うことにした。

その瞬間、声が突然消えた。
作はそれまでの重圧から解放されたように感じ、彼の日常は一変した。
すっかり晴れやかな気持ちになり、自分の中になんらかの道が開かれたことを実感した。
内なる声がいつからか、彼自身の決意や意志の中に溶け込んでいたことに気づいたからだ。

数か月後、作は自らの作品を出版することができた。
その声が彼を支え続けたことに感謝し、彼は己の創作の旅を続けていく決意を新たにした。
真の声は時に試練を与えつつも、最終的には彼を成長させるものであった。

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