薄暗い地下室で、陽は一人、古いラジオに耳をすませていた。
彼は大学の文学部に通う22歳の学生で、最近、孤独感が増していた。
友人たちはそれぞれの生活に忙殺され、周囲には誰もいない。
しかし、彼は一つの秘密を抱えていた。
この地下室では、聞こえてはいけない声が時々流れてくるのだ。
陽は家族の持ち物を整理するために、この古びた家に滞在している。
地下室は長い間使われておらず、薄暗く冷たい空気が漂っていた。
また、腐りかけた物品が散乱しており、何かの破れた布団も隅に置かれていた。
そんな中、陽は一台の古いラジオを見つけた。
スイッチを入れると、静かな雑音が流れ、そのうちにかすかな音楽が耳に届く。
最初は普通のラジオ番組だと思っていたが、次第に異様な話題へと流れていった。
「人は、その存在が消える時、声が聞こえる」という不気味な語りが始まる。
陽はその言葉に引き込まれ、耳を澄ませた。
「人は、時に犠牲にならねばならない」とラジオは続ける。
そして、彼は突然、自分の背筋がぞくりとするのを感じた。
まるで周囲の空気が重くなり、自分の存在が薄れていくような感覚がした。
ラジオの話は続き、声は興奮した口調で「物には、時として人の心を宿すことがある」と告げた。
その瞬間、陽は地下室の暗がりに視線を移した。
彼がラジオに夢中になっている間、布団の影から何かが動いたような気配を感じた。
目を凝らすと、布団はかすかに揺れ、まるで誰かがそこに横たわっているかのようだった。
心臓が早鐘を打つ。
陽は恐る恐る布団に近づき、手を伸ばす。
その瞬間、布団の下から異様な静けさが漂ってきた。
恐れを抱えながらも、陽は布団をめくる。
そこには何もなく、ただ埃をかぶった床が見えるだけだった。
しかし、ラジオから流れる声は続いていた。
「人が犠牲になるとき、その物は啓示をもたらす」と。
その言葉の意味を理解する余裕がなかった陽は、再びラジオに耳を傾けた。
しかし、今度は声が変わり、彼の名前を呼ぶ声が聞こえてきた。
「陽、こちらへ来い」。
甘く囁くようなその声は、彼の背後から響いていた。
振り返ろうとするが、体が硬直して動かない。
ただその声を聞いていると、心に何かが響いてくるのを感じた。
頭の中に狂ったような思いが渦巻く。
自分は何かの犠牲にならなければならないのではないか。
誰かの代わりに、誰かのために。
見えない力に押し込まれるように、陽は意識を失いかけた。
そんな中、再びラジオの声が囁く。
「あなたの声も、誰かに宿ることができる。人は、犠牲の中に自分を見出すのだ」。
陽は心の底から恐れを抱きながらも、ラジオの声に導かれるように布団の下へ進もうとした。
突然、後ろから冷たい手が彼の肩を掴む。
驚いて振り返ると、そこには無表情な他人の顔があった。
まるで彼の心の中に入り込んできた別の存在のようだった。
「私があなたを求めている。あなたの声を、私に与えてほしい」と、その顔は囁いた。
陽は恐怖に駆られながらも、その存在と向き合うしかなかった。
「いいえ、私はあなたを拒む!」と叫ぶ。
しかし、その瞬間彼の心に狂気が侵入した。
思考が混乱し、存在を失うように彼は地下室の堆積物の中で転げ回った。
その瞬間、ラジオから流れる声が彼の叫びを吸収し、やがて静かに消えた。
周囲には静寂だけが残り、陽は冷たい床に倒れ込んだ。
数日後、家の主人が戻ったとき、地下室ではラジオが静かに鳴り続け、陽の姿は消えていた。
しかし、地下室の一角には、誰も知ることのない彼の声が宿ったラジオだけが残り、その声は今も響いているのだ。
人のあり方、声の意味、狂気の存在が交錯するその空間に、再び一人の人間が犠牲になったのである。