彼の名は田村翔太。
大学生であり、友人たちと日々の忙しさに追われながらも、彼には一つの特別な趣味があった。
それは、古い伝説や怪談を収集しては、その真偽を確かめることだった。
特に彼が興味を惹かれたのは、地域に伝わる「祖の家」という古びた場所だった。
「祖の家」は、静かな森の奥にひっそりと佇む房だった。
そこには古い祭壇があり、「そこに住む霊が、声をかけてくる」と語り継がれていた。
興味津々の翔太は、ある夜、友人の健二や恵美と共にその家に向かうことにした。
日が暮れ、月明かりに照らされた道を進むと、次第に辺りの空気が重くなり、森の静寂が深まっていった。
やがて、彼らは「祖の家」の前に辿り着いた。
外観は荒れ果てており、恐怖すら感じさせる佇まいだった。
「ここがその家か…」健二が呟く。
「本当に中に入るの?」
「大丈夫、面白い話ができるかもしれないじゃない」と翔太は意気込んで答えた。
恵美は不安の色を浮かべながらも、彼について行くことにした。
家の扉を開けると、古い木のきしむ音が響いた。
薄暗い室内は無造作に散らかっており、何年も人の手が入っていないようだった。
翔太は友人たちと別れて、一人で二階へと向かった。
階段を上がると、不気味な沈黙が彼を包んだ。
一部屋一部屋を確認するうち、翔太は最後の部屋に到達した。
そこには小さな祭壇があり、果物やお菓子が供えられていた。
彼はその光景に驚き、さらに近づいた。
その瞬間、背後から冷たい風が吹き抜け、彼の背中に何かを感じた。
「いらっしゃい…」低い声が、彼の耳元で囁いた。
その声は明確に聞こえたが、振り返っても誰もいなかった。
心臓が高鳴り、恐怖が彼の背筋を走った。
急いで部屋を飛び出し、友人たちを呼ぼうとしたが、階段を下る途中で突然明かりが消えた。
暗闇に包まれ、彼は真っ暗な空間で方向を見失った。
そのとき、再び低い声が響いた。
「もう逃げられない…」
翔太は恐れと混乱に駆られ、一心不乱に階段を降りた。
しかし足を滑らせ、横倒しになって床に倒れ込んでしまった。
意識を失いそうになりながらも、彼の脳裏には「声」が残っていた。
その後、意識が戻ると、彼は再びあの部屋にいた。
今度は祭壇の周りに、友人たちが静かに円になって座っていた。
「翔太、遅いよ」と健二が言った。
彼の目は異様に冷たく、表情も無表情そのものだった。
翔太は心の中で恐怖が広がっていくのを感じた。
「何が起こったの?あなたたちは何をしているの?」
「私たちはここに居る」と恵美が静かに呟いた。
翔太は気付いた。
彼らの周りには何かしらの力が働いていることを。
そして、祭壇に供えられていたものが、彼らのための「供物」なのだと理解してしまった。
「お前も仲間になりたいのか?」小さな影が再び彼の目の前に現れた。
翔太の心は恐怖で冷え切った。
「いいえ、逃げる!助けて!」
彼は再び外へ向かって走り出した。
が、ドアは開かず、明かりも戻らなかった。
森の奥の静けさは、彼の叫びを呑み込んでいく。
ようやく外へ辿り着いたとき、彼は振り向くことができなかった。
なぜなら、「その影」が後ろに迫っている気配を感じたからだ。
村に戻る途中、村人たちは彼を見た。
しかし、彼の後ろには誰もいなかった。
その後、翔太は友人を探すために再度村を訪れたが、村の人々は彼を誰も認識しなかった。
彼が恐怖に満ちた顔をしているのに、誰も彼に気付かない。
心の中で、あの「声」がずっと囁いていた。
「もう逃げられない…」
そして、村の人々は再び「祖の家」に近づくことはなく、その恐怖の伝説が新たな形で語り継がれることになるのだった。