ある雨の日、佐藤雅也は自宅の書斎で古い書籍を整理していた。
大雨の音が窓を叩きつけ、外の視界は薄暗く、まるで時間が止まったかのような静けさが漂っていた。
そんな中、彼の目に留まったのは、数年前に亡くなった祖母が書いたと思われる薄汚れたノートだった。
雅也は好奇心からそのノートを開くことにした。
ノートの中には、祖母が昔から信じていた呪いの言い伝えが記されていた。
「失われたものを求める者は、声を聴くことになる」といった内容が繰り返し書かれており、彼は何か不穏な気配を感じた。
だが、仕事のストレスや日々の忙しさから逃れようと、彼はそのまま読み進めた。
ページをめくるごとに、彼の心の中に不安が呼び起こされていく。
やがて、彼は「声」という言葉がページに何度も現れることに気づいた。
それはまるで、失ってしまったものを取り戻すための道しるべのように感じた。
だが、雅也はその声の正体が何であるか思いは巡らせなかった。
まさか、それが彼の運命を変えることになるとは知らずに。
その夜、彼は不思議な夢を見た。
夢の中で、彼は祖母の家の庭に立っていた。
雨は降り続き、その音が彼を包み込み、どこか心地良かった。
しかし、庭の奥から微かな声が聞こえてきた。
「雅也…雅也…」その声は確かに祖母のものだった。
彼はその声に導かれるように、声のする方へと進んだ。
夢から目が覚めると、彼はまだ耳元でその声がささやいているような気がした。
日常に戻ったものの、心の中には不安が渦巻いていた。
仕事が忙しくなり、数日間はそのことを忘れようと努力した。
しかし、ある晩、再びあの声が聞こえてきた。
今回の声は少し違っていた。
「お前は私の思い出を求めているのか?」と問いかけるような響きだった。
恐れを感じた雅也は、声に応えることはできなかった。
その夜、眠れぬ時間を過ごし、次第に彼は日常生活に支障をきたすようになっていた。
見る夢は、ますます祖母との再会に関するもので、目が覚めるたびに不気味さが増していった。
彼の心の奥底で何かが崩れ去っているように感じた。
数日後、過去の思い出に引き寄せられるように、雅也は再度あのノートを手にした。
開いてみると、そこには「失った思い出は、声を通じて蘇る」と書かれていた。
彼はその言葉が今となっては、自分に対する警告であることを理解しかけていた。
そして、ついにある晩、彼のもとに声が現れた。
「雅也、私がここにいるという証を見せてくれ」と。
恐怖に震えながらも、彼は声に従わざるを得なかった。
彼は思い出の品を探し始め、祖母から譲り受けた古いピアノを思い出した。
その時、突然、家の中の空気が変わった。
ピアノの前に立った雅也は、昔の記憶が甦り、指が自然に鍵盤に動いた。
音を奏でながら、彼は不気味な感覚に襲われた。
すると、声が耳元でささやいた。
「それが私の望みなのだ」。
雅也の心は恐怖に満ち、同時に懐かしさを覚えた。
しかし、彼が演奏を続けるうちに、何かの力が彼を押さえつけているような感覚に襲われた。
音楽は次第に狂乱したようになり、彼の体は思うように動かなくなる。
やがて彼は意識を失い、暗闇に引きずり込まれていった。
目を覚ますと、彼は自宅の書斎の床に倒れていた。
周りを見ると、すべてが元通りになっていたが、心のどこかに不穏な感覚が残っていた。
彼はノートやピアノを手放し、もう二度と声に呼ばれることのないようにと願った。
その後、彼は大雨の日に声を聴くことはなかった。
しかし、日々の生活の中で、ふとした瞬間に祖母の面影を思い出すことがあった。
雨の音が聞こえるたび、彼の内側には不安がくすぶり続け、失ったものが呼び寄せられるような恐怖を感じていた。
彼は、声が再び響いてくるのではないかと、毎晩悩まされ続けることになった。