在は小さな村に住む高校生だった。
彼の家は村の一番奥に位置し、周囲は深い森に囲まれていた。
毎晩、森からは不気味な声が聞こえてくることがあり、村人たちは口をそろえて「遠くの者たちの声だ」と語っていた。
しかし、誰もその声の正体を明らかにすることはできなかった。
そんなある日、在は友人の太一と共に森へと足を踏み入れた。
彼らは遠くに聞こえる声の正体を探ることに決めたのだ。
太一は緊張していたが、在はそんな彼をなだめながら進んで行った。
「大丈夫、何も恐れることはない」と言いながら。
森の奥に進むにつれて、声は次第に大きくなり、明確になっていった。
「帰りたい」「帰りたくない」という言葉が、どこからか響いてくる。
彼らは立ち止まり、互いに顔を見合わせた。
驚くほどに、声は切々としていて、まるで誰かが彼らに助けを求めているかのようだった。
「これ、誰かの声だよな?」太一が呟く。
だが在は確信が持てなかった。
声の主は、何か切実な思いを抱えているのかもしれない。
しかし、同時にその正体に対する恐怖も増幅していた。
更に進むと、彼らは不気味な光景に出くわした。
朽ち果てた小屋が突然視界に入った。
小屋の中は暗闇に覆われており、まるでそこに人影があるかのように感じた。
在は吸い寄せられるように小屋へと近づいた。
太一は躊躇し、後ろで立ちすくんでいたが、在は小屋の扉を開けて中に入った。
中に入ると、声は一層大きくなり、耳をつんざくような響きだった。
「ここから出して!」「私を助けて!」その声は彼に訴えかけてきた。
彼は恐怖に駆られ、思わず後退した。
思い返せば、村には「帰ることができない者」とされる存在がいるという噂があった。
それは、永遠に森に囚われる者のことだ。
その者たちは、いつまでも「帰りたい」とさけびながら消えていくという。
突然、誰かが在の背後に立っている気配がした。
振り返ると、彼と同じ年頃の少女が立っていた。
白い服を着た彼女の顔は、青白く、不安定な波のように揺れている。
彼女の目は澄んでおり、無言のまま在を見つめていた。
「あなたも、ここに来たの?」少女が囁いた。
「私はここから出られない。助けて、お願い…。」
在は心臓が高鳴る。
その瞬間、自分がこの少女と同じ道を辿る運命にあるのではないかという恐怖が彼を襲った。
それは彼女の声が、まるで自分の思いのようにも感じられたからだ。
「太一!」彼は叫んで、振り返った。
しかし、太一の姿はどこにも見当たらなかった。
焦りと恐怖が彼を襲い、逃げ出そうとしたが、少女は彼の手を掴んだ。
「あなたも、この声に引き寄せられたのね。私たちは遠い過去の呼び声に囚われてる。助けることなんてできないの。」
在はその言葉に恐れを感じ、何とか少女の手を振りほどいて小屋を飛び出した。
外に出ると、森の中には静寂が広がっていた。
恐ろしく静かな瞬間だった。
「太一!」彼は叫んでみたが、返事はない。
声の主も、彼の友達も、すべてが消えたように感じた。
その後、在は一人で村に戻った。
そして彼の中には、何とも言えない恐怖が芽生えていた。
村には戻ったが、彼は決して同じではなかった。
森の声は彼の心に深く根を下ろし、「遠い者たちの呼び声」として生き続けることになった。
もしかしたら、いつの日か彼もその声の一部になってしまうのではないかと、彼は毎晩思い悩むのだった。