公園の片隅には、長い間使用されていない古びたベンチがあった。
そのベンチは周囲の草木に囲まれていて、誰も近づこうとはしなかった。
村人たちはその場所を「壊れたベンチ」と呼び、決して近寄らないようにしていた。
しかし、その理由は誰も正確には知らなかった。
ある晩、友人と一緒に散歩をしていた女子大学生の美咲は、そのベンチが気になった。
友人たちが恐がって近寄らなかったその場所に、なぜか吸い寄せられるように歩み寄ると、視線がどこかで感じたような温かさに包まれた。
薄暗い公園の中で、そのベンチは微かに光を放っているかのように見えた。
「ねぇ、美咲、そんなところ行ったらダメだよ！」友人たちは慌てて叫んだが、美咲はその言葉を無視してベンチに近づいた。
ベンチの上には、白い着物を纏った女性の霊が立っていた。
美咲はその姿を凝視する。
それは、驚くほど美しい顔立ちをした、どこか悲しげな目をした霊だった。
「助けてほしいの…」彼女が囁く声は、まるで風に乗って耳元に届くようだった。
美咲は心がざわめくのを感じ、しかし同時にその声に導かれるように思った。
振り返ると、友人たちは恐怖に怯えながら遠ざかっていた。
美咲はその場から逃げたくなったが、なぜか足は動かなかった。
「私がここにいる理由を知ってほしいの…」霊は続けた。
「この公園のどこかに、私を壊した者がいるの。」
美咲は胸が高鳴るのを感じた。
壊した者？彼女は何を意味しているのか理解できなかった。
しかし、幽霊が何かを求めていることは明らかだった。
「何があったの？」彼女は問いかけた。
「彼は私を愛してくれた。でも、私が彼のためにこの場所を守ろうとしたとき、彼は私を傷つけたんだ。」彼女の言葉は次第に悲しみに満ち、目には涙が浮かんでいた。
「私を忘れさせないで。私を壊した者を見つけて、私を解放してほしい。」
その瞬間、公園の空気が一変した。
冷たい風が吹き抜け、周囲の木々がざわつく。
美咲は恐ろしさに身を震わせながらも、彼女のことを見捨てることはできなかった。
鬼のような視線で見つめられると、自らの中に強い感情が湧き起こる。
何かを成し遂げねばならないような気がした。
次の日、美咲はクラスメートからその公園にまつわる噂を耳にした。
数年前、彼女の言った通り、あの場所で若者が一人、神社の守りを破って亡くなったことがあるという。
彼との愛の悲劇が、そんな状況を招いたのだと言われていた。
彼女はその若者を見つけ、真実を明らかにしなければならないと思った。
美咲は毎晩、そのベンチを訪れることにした。
霊の存在を思い出しながら、彼女を解放する手がかりを探し続けた。
そして、ついに一つの確信を得た。
若者の名前を知り、その家族と連絡を取り合うことで、悲劇の真相を明かすことができるかもしれない。
数週間後、彼女は勇気を振り絞り、向かうことを決意した。
そして、家族のもとで話を聞くうちに、若者が犯した過ちと、それがどれほどの悲しみを生んだのかを知ることになった。
美咲はその真実を霊に伝え、彼女の苦しみを理解したことで、次第に心が鎮まっていくのを感じた。
その夜、霊が現れると、美咲は彼女に微笑んで言った。
「もう、あなたは解放されるべきです。彼のこと、忘れましょう。」霊の目には希望の光が宿っていた。
「ありがとう…」その言葉を最後に、霊はベンチに光の粒となって消えていった。
それ以来、公園の「壊れたベンチ」は静まり返り、忘れ去られた場所となった。
しかし美咲は、その経験を通じて新たな強さを得た。
心の中で彼女のことをずっと忘れないと誓いながら、新しい日々を迎えたのであった。
