「壁に封じられた思い」

旅館の名は「幽玄の宿」。
豪にあるその旅館は、静かな山奥に建ち、豪華な調度品と美しい景色で訪れる者を魅了していた。
しかし、宿にまつわる噂は決して良いものではなかった。
特に、宿の中にある一面の壁に関しては、避けられるべき存在として語り継がれている。

ある夏の日、志郎は友人たちと共に幽玄の宿に泊まることにした。
彼は、この旅館の評判を耳にしており、豪華な宿を楽しみにしていた。
しかし、到着してみると、彼の胸にかすかな同意の念がよぎった。
周囲の静けさや、宿の空気には確かに何か異様なものを感じさせた。

宿の中は、美しい内装と温かいもてなしにあふれていたが、志郎は一つの部屋だけが異様に気になった。
その部屋の壁には、奇妙な模様が浮き出ており、どこか不気味な印象を与えていた。
宿の女将がその部屋の話をするとき、非常に神妙な表情を浮かべた。
「この部屋の壁、実は昔、ここに住んでいた人の思いが込められているのよ。彼は生きることを望み、しかし、ここでの生活が彼に罠を仕掛けたの。」

志郎は一つの好奇心に駆られ、その不気味な壁をじっと見つめていた。
周りで友人たちが騒いでいる中、志郎の心には警鐘が響いていた。
だが、興味のほうが勝ってしまい、彼はつい壁に手を伸ばしてしまった。

その瞬間、彼の指先が壁に触れると、冷たい感触が彼の体を貫いた。
何かが彼の中で目覚め、頭の中にさまざまな声が響き始める。
「戻れ」「行くな」と、無数の声が彼を引き止めようとした。
彼は壁に引き寄せられ、その感触から逃れることができずにいた。
そのまま、意識が曖昧になっていく。

志郎の友人たちが彼を呼ぶ声が、遠くから聞こえてくる。
ようやく彼は壁から解放され、気がつくと、周りは暗闇につつまれていた。
友人たちが心配そうに彼を探している中、志郎は恐怖に駆られながら周囲を見回した。
そこには、誰もいないはずのはずの空間が広がっていて、その奥には彼が見たことのない異様な風景が広がっていた。

時が経つにつれ、志郎は不安と恐怖に押しつぶされそうになった。
彼はようやく友人たちの元に戻る道を探し始めたが、壁に触れたことが彼に与えた影響は深刻で、再びその呪縛に囚われてしまうのではないかという恐怖が心に渦巻いていた。

壁の神秘的な存在が、志郎を罠にかけようとしているのだ。
彼は、周囲の変化が自分の心の中に出来た隙間から、逃げられないことを実感していた。
宿の魔力は、志郎からその光を吸い取り、無限の闇に飲み込もうとしていた。

彼がそのことを悟ったとき、壁の模様が彼を見つめ返しているように感じた。
その目は、彼が逃げ出すことを許さないと告げている。
旅館の女将の言葉が、今も耳に響いていた。
「壁は、過去の思いが封じ込められた場所。入った者に罠を仕掛け、囚えてしまうのです。」

志郎は心を一つにして勇気を振り絞り、友人たちの元に走り出した。
しかし彼の心の中では、一つの問いが消えない。
「なぜ、あの壁は彼を引き寄せたのだろうか?」志郎はその問いと共に、宿を後にした。

旅の最後に、志郎は決してその答えを知ることはなかったが、あの宿の壁が、今も誰かの思いを封じ込め、次の獲物を待っていることを感じていた。
彼の心に残ったのは、喪失感と共に過去が語りかける、不気味な囁きだった。

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