「壁に囚われた命」

彼の名前は翔太。
翔太は、若いころから肝試しや心霊スポット巡りが好きだった。
一人で探検をするのが好きで、特に「廃」された場所に強い興味を持っていた。
ある日、彼は友人から聞いたとある廃ビルの話を思い出した。
その場所は、昔は賑やかな工場だったとされるが、今は朽ち果てて静まり返っていた。

なんとなく惹かれた翔太は、さっそくその廃ビルに足を運ぶことにした。
周囲は薄曇りで、日が陰っている。
彼は不安な気持ちを抱えながらも、探検の興奮が胸を高鳴らせる。
「何も起こらなければいいな」と呟きながら、ビルの入口に近づいた。

扉は古びていて、彼が押すときしむ音を立てた。
中に入ると、薄暗い hallway が広がっていた。
彼はカメラを構え、周囲を撮影し始める。
埃が積もった床の上には、以前の名残を示すように、ボロボロの道具や古い箱が散らばっていた。
翔太はその光景に魅了され、心の中の恐怖がじわじわと薄れていく。

しかし、その時、彼の視線がある壁に惹きつけられた。
壁には無数の落書きや、意味不明な文字が刻まれていた。
奇妙なことに、彼が近づくと、壁の一部が微かに震えているように見えた。
「なんだろう、これ?」翔太は興味を持ち、さらに近づいてみる。

すると、壁の表面がゆっくりと剥がれ落ち、そこからかすかな声音が聞こえてきた。
「助けて…」翔太は驚き、後ずさりした。
冷静さを取り戻すことができず、同時に恐怖で胸がいっぱいになった。
しかし、彼の好奇心が勝り、再び壁に近づく。

声は明確になり、聴き取れるようになる。
「助けて、いのちを…」その瞬間、翔太は自分の心拍数が異常に早くなり、頭の中に冷たい汗が流れるのを感じた。
彼は逃げ出そうと足を動かしたが、体が動かない。
まるで壁に引き寄せられているかのように感じた。

「お前も…来い…」壁の中から伸びる手が、翔太の意識を虜にした。
彼は「こんなのは夢だ」と自分に言い聞かせたが、どうしても逃げられない。
壁の表面から無数の影が伸び出し、彼の周囲を包み込んでいく。
「命を…い…の…」という声が、頭の中でこだまする。

翔太の心に恐怖が浸透していく。
古びた廃ビル、そしてその壁には、何か恐ろしい存在が封じ込められていることに気付いた。
彼は「これは夢じゃない、現実だ」と悟り、必死に抵抗しようとした。
しかし、影が彼を包むとともに、その存在感がますます強くなった。

そして、長い時間が経つうちに、彼は徐々に壁の中に引き込まれていった。
壁に吸い込まれる感覚を覚えながら、自分の意識が消えていくのを感じた。
「このままでは…」彼は叫び声を上げたが、その声は周囲に響くこともなく、すぐに消えてしまった。

翌日、廃ビルを訪れた探検者たちは、翔太の姿を見つけることができなかった。
しかし、彼が訪れた時のカメラだけが、当時の様子を記録していた。
それは青白い影が壁に寄り添うように映っていた。
「命、い、の…」という声が、ビルの周囲を静かに漂っているかのように響いていた。
翔太は今、壁の中で永遠に囚われてしまったのだ。

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