彼女の名前は佐藤美咲。
美咲は、ある夏の夜、友人たちと一緒に「墟」と呼ばれる場所に肝試しに行く約束をした。
擬似的な都市には、かつて栄えたとは思えないような古い建物が立ち並び、周囲は薄暗い木々に囲まれ、蝉の声が虚しく響いている。
人々が近づかない理由は皆知っていた。
この地には、信じられないほどの恐ろしい噂があったのだ。
墟は、古くから人々が恐れを抱いていた場所であった。
昔、ある村の人々がここに住んでいたが、ある日、村全体が忽然と消え去ったというのだ。
無残に取り残された建物と、干からびた井戸がまるで人々の思いを吸い取るかのようにそこに在り、その後は誰も戻らなかった。
美咲と友人たちは、その魂が未だに墟に留まっているのではないかと噂した。
肝試しのその日、友人たちは興奮を抑えきれずに足早に墟へと向かう。
美咲は先頭に立ち、ほかのメンバーはそれに続いた。
最初は笑い声が響いていたが、次第に雰囲気は変わっていった。
薄暗い路地に入るにつれて、彼らの声は小さくなり、冷たい風が心地よさを奪ってしまう。
「ねえ、美咲。もう少し進んでみない?」
友人の一人、田中が提案した。
美咲は一瞬躊躇ったが、興奮を感じながら頷く。
「行こう!」と彼女は声を上げた。
しかし、その言葉と同時に、周囲の空気が変わった気がした。
どこからともなく異様な静寂が迫ってきたのだ。
彼らは墟の中央にある古びた建物に辿り着いた。
扉は半開きで、ひんやりとした空気が漏れ出していた。
中に入ると、埃まみれの家具や、ひび割れた壁が彼らを迎えた。
美咲は視線を上げ、壁に描かれた不気味な絵画を見つけた。
それは、人々が恐れたような影の姿で、まるで彼らを見つめ返しているかのようだった。
「怖いね…」ともう一人の友人、佐々木が呟く。
美咲は薄い笑みを返し、部屋の隅を探り始めた。
何かが彼女を引き寄せていた。
そして、隅のほうに、いくつかの裸電球が点滅しているのを見つけた。
その光は、彼女の心の中に不安を呼び起こした。
しばらくして、田中は興味本位でその電球のスイッチを押した。
すると、空気が一瞬凍りつき、全員が硬直した。
周囲の壁から無数の目が現れ、彼らを見ているように感じられた。
突然、耳元でかすかな声が聞こえた。
「帰れ…」
美咲は驚いて振り返り、ほかの友人たちも同様に怯えていた。
同時に、建物の奥から不気味な影が忍び寄るのを見た。
それはかつてこの場所に住んでいた人々の姿だった。
薄暗い色合いの影が彼らの周りを取り囲む。
恐怖が彼女の足元を掴み、逃げ出すことができなかった。
「信じて…」美咲は心の中で何度も呟いたが、彼女の全身は恐怖で麻痺していた。
友人たちも無言で叫び、開いた扉から逃げようとした。
しかし、その瞬間、影は彼女たちを包み込み、彼女たちは逃げることができなかった。
「帰れ…!」その声が再び響く。
美咲は何とか一歩踏み出し、友人たちに手を伸ばす。
「行こう、みんな…!」しかし、誰も彼女の声に応えられなかった。
次第に影が彼女を引き込み、記憶も感覚も忘れ去ってしまう。
数日後、友人たちの行方は分からなくなった。
その後、墟にはどこかからまた恐れられる噂が立ち、人々は何が起きたかを語ることすら避けるようになった。
しかし、美咲の名前だけは、記憶の中に残っていた。
墟に住む影たちは、今も誰かがこの地を訪れるのを待っている。
彼らはただ、真実を知りたいと願う者たちを、影の世界へと引き込むのだろう。
信じる者がいる限り、彼らの囁きは続くのだ。