祖父から聞いた話を思い出した。
その話は私の心に深く残っている。
小さな村の一角に「瞳」と呼ばれる古い神社があった。
神社の目の前には、無数の円形の瞳を持つ不気味な石像が並んでいる。
この石像は、一度でも目を合わせた者を「堕」とされるという。
私が祖父から語られたその伝説は、幼いころから比べると想像以上に恐ろしいものだった。
祖父は酔いしれた声で、夜中に神社の前を通ると必ず誰かが呼ぶ声を聞くと言った。
振り向くと、その瞳の中に映るものは決して明るい未来ではなく、暗い影ばかりだとも。
人々はそれを恐れて、神社を避けるようになった。
ある日、親友の修司とともに村を訪れたとき、眼前に迫る神社に心惹かれた。
彼は、「一度確かめてみよう」と言って、思い切って近づくことにした。
その古びた木製の鳥居をくぐり、神社へと向かう。
少し背筋が寒くなるような感覚に見舞われたが、修司は興奮している様子だった。
神社の前に立ち、周囲を見渡すと、例の石像たちが静かに眺めている。
じっと見つめていると、その瞳がまるで生きているかのように感じ、ぞっとする。
修司は一体どれに目を合わせるか迷っていたが、「遠慮しないで、好きな奴を選んでみよう」と冗談交じりに言った。
「怖がっているのか?」と彼は笑い、それに私も少し冗談を返す。
しかし心の内は不安でいっぱいだった。
目を合わせてはいけないと言われたその地点で、意識がどこかで働いていた。
だが、好奇心が勝り、私たちは石像の一つに目を向ける。
彼はあまりにも無邪気で、いとも簡単に瞳を合わせた。
その瞬間、暗闇が広がり、私は何かが気を取り直し、声にならない悲鳴を上げていた。
修司の視線が移動すると、私の胸に重い重圧が。
周囲が徐々に歪んでいき、何かが彼の心の中に入り込みつつあるのを感じた。
「修司!」と叫んでも、彼の目はもう私を見ていない。
彼の瞳の中に、黒い影が広がり、何かを求めているようだった。
「堕ちていく」とはこういうことなのかと、祖父の言葉が頭の中で響く。
手を伸ばしたいが、体が動かない。
じっと見つめられているようで、目を逸らすことができない。
しばらくすると、修司が突然笑い出した。
なぜだか、それが一層怖かった。
彼の口から漏れたのは、「もう戻らない」と言う不気味な言葉だった。
私にはそれが重要な意味を持つことだと悟っていたが、どうすることもできず、ただ立ち尽くすしかなかった。
そして、彼は突然石像から後ろに下がり、神社の奥へと消えていった。
私は彼を呼ぶが、もうそこには彼の姿はない。
冷たく静まる神社の中、ただ一人取り残され、圧迫感が心を圧し潰す。
気がつけば、私もまたあの瞳の一つに目を奪われていた。
周囲からの声も消え、ただ暗さの中で彼が堕ちていったように私も堕ちる運命にあるのかもしれない。
「助けて…」という声が何度も反響し、自分自身がどこにいるのかもわからなくなる。
彼の堕ちた先に何があるのか、想像もつかないが、それでもその先へ踏み込んでいくことを恐れていた。
神社の静けさが時間を越え、いよいよ我慢できない思いが心の中で渦巻く。
すでに彼を失ったのに、自分も同じ運命を辿ると思うと胸が苦しくなった。
その時、背後から重い存在感を感じた。
もはや逃げられないと思った瞬間、私も振り返ることもできなくなり、目の前の瞳の世界に飲み込まれた。