静かな庭に佇む一軒家。
そこには、巫女の名を持つ「恵美」という女性が住んでいました。
恵美は、家族から伝わる神聖な役割を背負い、人々のために祈りを捧げ、穢れを清める仕事をしていました。
彼女の庭は、四季折々の花が咲き乱れ、神秘的な雰囲気を漂わせていましたが、近隣の人々は、恵美の存在を恐れ、父母の代から語り継がれる「堕ちた巫女」の話が絶えませんでした。
ある晩、恵美は月明かりの中、庭で呪文の練習をしていました。
彼女は力を入れ、自然と心が通じ合う感覚に陶酔し、周囲の空気を感じ取っていました。
しかしその時、庭の奥から低い声が響いてきました。
「お前は堕ちてしまったのだ」と。
驚いた恵美は声の正体を探そうとしますが、何も見えません。
彼女は恐怖を感じつつも、自分の力を信じて続けました。
すると、再び声が響き、「その力が破滅をもたらす」と警告しました。
恵美は心の中で葛藤しながら、巫としての誇りを持ち続けることを決意しました。
日が経つにつれ、彼女の庭に奇妙な現象が現れるようになりました。
自分が育てていた花や木が、次第に枯れていくのです。
彼女は不安になり、何度も神聖なる祈りを捧げましたが、その効果はありませんでした。
庭に宿る悪しき存在が、彼女の心を堕落させようとしていました。
ある晩、再び低い声が庭に響き渡りました。
「お前は、この庭を私に捧げるのだ」と。
恵美は思わず膝をつき、恐怖で震えました。
彼女の目の前には、暗闇から姿を現した影のようなものが、彼女を見つめ返していました。
その影は、かつての恵美のように美しい女性の姿を持っていましたが、その目は冷たく、堕ちた魂を宿していました。
「私と一緒に来い」とその影は囁きます。
恵美は、彼女の言葉に引き込まれそうになり、意識が朦朧としてきました。
心のどこかで、今まで築いた人生が崩れ去る音が聞こえました。
彼女は何とか自分を奮い立たせ、声を振り絞りました。
「私は堕ちない、あなたには屈しない」と。
その瞬間、庭が突き刺さるような静寂に包まれました。
そして、恵美は決意を持ち、庭の中心に向かって立ち上がりました。
強い思いで呪文を唱え、悪しき存在に立ち向かうことを誓います。
庭に住みついた闇の影は、彼女の言葉に驚き、一瞬怯みました。
しかし、その影はすぐに反撃を試み、「お前の心が堕ちた証拠を見せてやる」と叫びました。
次の瞬間、恵美の心の中に、過去の未練や人々に対する哀しみが次々と浮かんでくるのを感じました。
そのすべてが彼女を引き裂き、圧倒しました。
それでも、恵美は必死に自分を仲間と繋ぎ止めようとしました。
何度も、自分を奮い立たせるために、友の顔や、神々への感謝の念を思い出しました。
彼女は声を発し続け、「私はこの庭を守る」と叫びました。
闇の影は衝撃を受けて後退し、ついに庭の一角で消え去りました。
静寂の中、月明かりが恵美を包み込みました。
彼女は力を振り絞って庭を護り、深い呼吸をして、かろうじてその場に留まることができました。
その後、徐々に庭には新しい生命が吹き込まれました。
恵美の心もまた、悪しき影から解き放たれ、再生の光に包まれました。
しかし、彼女はもう以前のようには戻れませんでした。
庭の片隅に残った闇に目を向けるたびに、あの低い声が耳の奥で響いてくるからです。
巫女としての役割を果たしながら、恵美は堕ちることの恐ろしさと、その影と対峙する強さを誓いました。
彼女はまだ、完全には解放されることはなかったのです。
それでも、彼女の心の中には、強い意志が灯り続けていました。