「執着の鏡」

彼女の名前は美咲、大学で心理学を学ぶ二十歳の女子学生だった。
美咲は幼い頃から強い母親の影響を受けて育ったが、最近は彼女自身の存在意義を見失っていた。
特に、大学進学に伴い、母親との絆が薄れているように感じることが多かった。
美咲は、彼女の中に潜む不安や孤独、そして母親への執着心に悩まされていた。

ある晩、美咲はキャンパス内の古いポルトガル風の建物に足を運んだ。
周囲の友人たちはその建物にまつわる怪談を語り合っていたが、美咲はその噂に特別な興味を持っていた。
特に「失われた情愛の影」が取り憑いていると言われる部屋に関心があった。

その部屋に入ったとたん、美咲は奇妙な感覚に襲われた。
冷えた空気が彼女を包み込み、暗闇から彼女の心に触れるような感覚がした。
ふと、部屋の隅に小さな鏡が置かれているのに気づく。
その鏡からは、彼女の母親の幼い頃の姿が映り込んでいた。
美咲は幽霊でも見たかのように驚き、怯えながらも思わずその鏡に近づく。

鏡の中の母親は無邪気に笑っているが、次の瞬間、美咲の心に疑念が生まれる。
これは母親の記憶なのか、それとも彼女を取り巻く何かが彼女の心の中に入り込んできたのか。
美咲は自分の中に湧き上がる情熱と恐怖、そして母親への執着そのものを感じ取った。

その時、部屋が一瞬明るくなり、鏡の向こう側にいた母親が美咲に向かって手を振った。
美咲は思わず声を上げ、「お母さん!」と叫んだ。
無邪気な笑顔をそこで見せていた母親の姿が次第に崩れ、苦しそうな表情に変わった。
美咲の心の深い部分で、彼女の悲しみが理解されていなかったのだ。

美咲は急に意識が変わり、母親の影が彼女に取り付くかのような感覚を覚えた。
彼女は責任を感じ、母親を救うために行動しなければならないと思った。
彼女はその場を離れようとしたが、足が重くなり、どうにも動けない。
変な呪縛の感覚が彼女を捕らえていた。

「私はあなたをもう離さない。」その瞬間、母親の声が美咲の頭の中に響き渡った。
美咲は驚きと恐怖に包まれながらも、理解した。
これは母親の執着だったのだ。
彼女は再び母親との絆を求めているが、それは美咲にとって重荷でしかなくなっていた。

心の色々な部分がずっしりとした痛みを伴い、美咲は一瞬の静けさの後に叫んだ。
「私は自分の人生を生きたい!私を解放して!」

その瞬間、鏡は割れ、冷たい空気が一気に部屋に流れ込んだ。
美咲はその瞬間、母親の影から解き放たれ、自由を取り戻した。
だが、彼女の心の中には、母親を失ったことへの悲しみと、同時に生き続けることへの強い決意が芽生えていた。

美咲は徐々に立ち直り、自分の人生を歩む決意を固めた。
周囲の友人たちが待つキャンパスへと忙しく足を進めながら、彼女はかつての母親への執着心を受け入れつつ、自らの新たな未来へと向かって行った。
そして、彼女の心の中で母親との絆は、決して消え去ることなく、彼女の成長を見守る存在となった。

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