「執着の連鎖」

彼女の名前は美咲。
朝早くからの忙しい生活を終え、自宅の小さな一室にこもる日常を送っていた。
美咲は、どうしても手放せないものがあった。
それは、古びた日記だった。

日記は彼女の祖母が書いたもので、緻密な字で埋め尽くされたページには、祖母の若き日の恋愛や、家族との思い出が語られていた。
しかし、次第に日記は、ただの思い出の記録から、ある別の存在を感じさせるものへと変わっていった。
日記の最後の数ページには、異常な執着が見て取れる内容が記されていたからだ。

「彼は私を捨てた。彼が去った夜、私は彼のことを忘れられなくなる。だからここに、私の思いを残しておく。」その文字が、まるで美咲を呼び寄せるかのように彼女の心に残った。

ある晩、美咲は日記を読み返しながら、ふとした思いつきで祖母の故郷へ行ってみることにした。
彼女は、日記の内容をもっと深く理解したい、祖母の気持ちを身をもって感じたかったのだ。
目的地は、北海道の遠い山村だった。

夢中で運転を続け、美咲は山道を登っていった。
周囲には、静かな木々とひっそりとした静寂が広がっていた。
途中、彼女は祖母の思い出が詰まった小屋を見つけた。
小屋の古びた扉を開けると、まるで時間が止まっているかのような空間に足を踏み入れることとなった。

美咲は小屋の中で、古い家具や祖母が使っていた道具を見つけた。
そのすべては、祖母の気配を色濃く残していた。
しかし、一番目を引いたのは、壁にかけられた一枚の写真だった。
それは、若かりし日の祖母と、彼女が愛した男性の姿が収められていた。
楽しそうに笑う二人の表情。
しかし、その男性の目は、何かを訴えかけるように美咲を見つめていた。

日が沈む頃、美咲は休む場所を決め、周りに焚き火を囲んで一夜を過ごすことにした。
その間、朧気な本によると、祖母は決してこの村を離れられなかったという。
その言葉が妙に引っかかり、彼女の思考は次第に執着へと変わっていった。

深夜、焚き火の明かりが揺れる中、美咲は不意に誰かの気配を感じた。
ふと振り返ると、そこには、彼女に似た美しい女性が立っていた。
その顔は、まるで祖母にそっくりだった。
驚きと戸惑いを感じる美咲の心に、恐怖が芽生え始めた。

「助けて…」その声は、祖母の声と同じだった。
美咲は彼女を見つめるが、思うように体が動かない。
女性が近づくにつれ、背筋に冷たいものが走った。

「彼を…私のものにして…」女性の声は、感情を伴った囁きとなり、美咲の心に残った。
恐れや混乱が彼女を襲ったが、美咲はなぜかその声にノスタルジーを感じた。
彼女のペースに巻き込まれ、いつの間にか心が祖母の執着に引き寄せられていく。

やがて、彼女の口から漏れた言葉は、祖母の思いと化して美咲自身の言葉へと変わり始めた。
「私も、彼を…忘れられない…」

気がつけば、彼女は女性の目を見つめながら、一歩一歩後退していった。
そして、次の瞬間、彼女の視界からすべてが消え、どこか別の場所で彼女が何をしているのか、分からなくなった。

美咲が目を覚ましたとき、彼女は小屋の中にそのまま立ち尽くしていた。
改めて自身を見ると、自らの目が、かつての祖母と同じ執拗な思いを映し出していることに気づく。
彼女は知らず知らずのうちに、祖母の運命を引き受けてしまったのだ。

美咲は、この村に生き続けることになった。
そして、彼女の手のひらには、祖母の持っていた日記があり、彼女の孤独な思いが綴られ続けていた。
その日記は、次の世代へと受け継がれることで、永遠に執着し続ける運命を作り出していくことだろう。

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