公は、静かな町に住む普通のサラリーマンだった。
毎日仕事を終え、自宅へ帰る道すがら、彼はふとした理由で人々の心に潜む闇に興味を抱くようになった。
特に、かつての友人たちがそれぞれの夢を追いかけているのに対し、彼自身は平穏な日常を送っていることに対して、どこか劣等感を覚えていたのだ。
ある日、彼は古びた図書館で目にした本に、町の隅にある廃屋について記されているのを見つけた。
その廃屋は、今や誰も近づかない、戦後に焼け落ちた家だった。
しかし、その影には一つの伝説があった。
昔、その家の住人が愛した者を焼いてしまったというのだ。
愛情の執着がついに悲劇を招き、彼女は一夜にして火に飲まれてしまった。
彼女の霊は今でもその場所に残り、何かを求めるかのように、夜な夜な小さな火が燈るという。
興味を惹かれた公は、その廃屋に赴くことに決めた。
友人たちは止めるが、彼は気にせず、夕暮れ時に現地へ向かった。
廃屋に近づくにつれ、彼は心臓が高鳴るのを感じていた。
彼は目的を持って訪れたのだ、ただの好奇心ではなかった。
廃屋を見ると、確かにかつての栄華を感じさせる部分があったが、今や壁はひび割れ、窓は破れており、周囲の雑草に覆われていた。
そして、彼が底知れぬ恐怖を抱えているその時、急に風が吹き、廃屋の奥から煙のようなものが漂ってきた。
その瞬間、彼は異様な熱を感じた。
まるで誰かが彼を呼んでいるような感覚を覚える。
“戻れ”という声か、あるいは“進め”という声か、判断がつかない。
公は意を決し、廃屋の中に足を踏み入れた。
薄暗い室内で、視界が悪く、火のにおいがほんのり漂っていた。
部屋の奥に進むと、彼は古い焼け焦げた床板の上に立っていた。
少しずつ記憶が甦る。
高校生の頃、仲間たちと語り合った夢や情熱、そしてあの頃の思い出は、まるで彼を突き動かすように心を揺さぶる。
そして彼は、自分が今この場にいる理由を見出す。
その瞬間、彼の背後で炎が上がった。
びっくりして振り向くと、そこに女性の姿が映っていた。
黒い髪、白い着物、彼女の目は燃えさかるように強い執着を示していた。
彼女は彼を見つめながら、その口を開いていった。
「私を忘れないで…」と。
恐怖が胸を締め付けたが、公は彼女の存在を受け入れざるを得なかった。
彼はその場で思わず自身の心の中の執着を語り始めた。
彼女の心に宿る怒りや悲しみ、そして彼女が求める愛について、彼は少しずつ自分の思いを吐露した。
彼女の存在は、公の心の内に大きな影を落としたが、彼は彼女にとっての理解者になろうと決心した。
「戻れ」とも「進め」とも言うその声は、彼女の苦しみと愛情の執着から鳴り響いていた。
公は気づいた。
自分自信が同じように、失った夢や輝きに執着していることに。
それを彼女と共に解き放つべきだと。
その夜、公はまるで火に照らされるように熱い気持ちを持ちながら家へ帰った。
廃屋の恐怖が彼に何をもたらしたのか、そして彼の心の奥に燈った炎を伝えた女性の思い。
忘れられない、あの場所での出来事が彼の中で生き続け、彼の未来を照らすことになるだろう。
そして彼は自分の執着を解き放つため、新たな歩みを始めることを決意したのだった。