冷たい風が舞い込む葬儀場は、静寂に包まれていた。
白い花が飾られた祭壇の前には、故人を悼む親族たちが集まっている。
故人が生前、大切にしていた桜の木の下での葬儀は、春の訪れを感じさせる温もりがあったが、彼の死を受け入れることは容易ではなかった。
中でも、長い間彼に執着していた佐藤幸子は、心の底から悲しみに暮れていた。
彼女は故人の晴人（はると）と、幼い頃から家族ぐるみでの付き合いがあった。
晴人は優しく、親切で、自分のことを大切に思ってくれていた。
その存在がいつも幸子の支えだったため、彼の死はまるで自分の一部が失われたかのような感覚を引き起こした。
葬儀が終わり、家族が帰った後も、幸子は墓前に残った。
彼女は桜の木を見上げ、涙が止まらなかった。
「どうしてあなたは私を置いていったの？」と呟く。
すると、その瞬間、彼女の背中に冷たい風が吹き抜け、思わず身震いした。
何も見えないが、ほんのり感じる寒気に、彼女は異様な気配を感じ取った。
「晴人…？」
幸子は鮮明に彼の名前を呼んだ。
彼女の心には、彼の温もりだけが残っているようだった。
しかし、その感覚は次第に混乱したものに変わり始めた。
彼女の周囲が寒く感じ、まるで誰かが彼女を引き寄せようとしているかのようだった。
その晩、家に帰った幸子は、いつもより不安な気持ちに襲われた。
ベッドに横たわっても、目を閉じても、晴人のことが頭から離れない。
今夜は冷たい月明かりが窓を照らしている。
彼の死後、ずっと執着していた彼に会いたいと思う気持ちが膨れ上がっていく。
夜が深まった頃、幸子は意を決して、再び葬儀場へと足を運んだ。
彼女の心の中には、彼を救いたい、もう一度彼に会いたいという執念が渦巻いていたからだ。
寒い夜、彼女は霊域に至るまでの道を急ぎ、もう一度神社に行くことにしたのだ。
祭壇の前に立ち、彼女は手を合わせ「どうか、晴人を私のところへ連れてきてください」と祈った。
その瞬間、彼女の周りの温度が急激に下がり、何かが彼女を包み込む感覚がした。
背後から微かな声が聞こえた。
「幸子…助けてほしい」と、それは晴人の声だった。
振り返ると、そこには確かに彼の姿があった。
しかし、彼の顔はどこか悲しげで、何かを強く求めているようだった。
彼は冷たく、透明感を持った身体を持ち、存在することが難しい幽霊のようだった。
「晴人…どうしてこんなところに…？」
彼の横顔を見つめると、胸の奥が痛む。
彼の幸せを壊したのは自分であり、その怨念が彼をこの世に留めているのではないかと恐れた。
幸子は問いかけた。
「私が何かできることはないの？」
彼は幸子に近づき、その手を優しく握った。
「私を救ってほしい。私の思いはこの世で執着しているのだ」と彼は言った。
彼の言葉は、冷たく凍りついた風のように幸子の心を打った。
その後、幸子は強い決意を胸に抱いた。
彼女は晴人を解放してやるために、氏神に祈りを捧げることにした。
しかし、彼女は自身が彼を忘れることができないという事実を受け入れなければならなかった。
「私はあなたを忘れない。でも、あなたが安らかに眠るためには、私も前に進まなければいけない」と告げ、幸子はその決意をかためた。
そして彼女は霊圧を感じながら、ついに別れの時が来たことを理解した。
冷たい夜空の下、幸子は自らの心に決意を託し、晴人の存在を心に留めながら歩き出した。
彼の執着から解放し、彼の思いを背負ったまま、彼女は新たな道を歩き始めたのだった。
