「執念の宿に響く影」

静かな山道を抜け、その先にある「執念の宿」は、周囲から隔絶されたかのようにひっそりと佇んでいた。
そこには、かつての宿泊客たちが残した様々な噂があったが、中でも「音」にまつわる話は、訪れた者たちの脳裏に焼き付いていた。

主人公の春菜は、友人たちと一緒にその宿に泊まることにした。
彼女たちは特に怖い話を好む若者たちで、怪談話に花を咲かせながらの旅行を心待ちにしていた。
しかし、宿に到着した瞬間、どこか不気味な空気が漂っていることに気づいた。
周囲は静まり返り、鳥のさえずりすら聞こえない。

宿の若女将は、宿のルールを説明する際に一つだけ強調した。
「絶対に二階の客間には近づかないでください。そこには、執念が宿っています。」その言葉に皆が興味を引かれ、春菜は友人たちに「今夜、その部屋の音を聞いてみよう」と提案した。

夜が深まるにつれ、宿は静けさに包まれた。
春菜たちは、周囲の恐怖感を和らげるために、不気味な話をして盛り上がりながら、一緒の部屋で過ごしていた。
しかし、次第に友人たちが一人また一人と眠りについていく中、春菜は意を決して二階へ向かうことにした。
薄暗い廊下を進む彼女の心臓は、ドキドキと音を立てた。

二階に上がると、ドアを閉めたテラスから微かに響く音がした。
それは奇妙なさざ波のような音、まるで誰かが何かを引きずっているかのようだった。
春菜は恐怖を抱えつつも、その音に導かれるように廊下を進む。
彼女の足音が響き、静近な空気の中で反響する。

やがて、その音の元へたどり着くと、青白い灯りが漏れる部屋が見えた。
思わず息を吞む春菜。
ドアは少しだけ開いていた。
部屋の中から漂う音は、まるで「助けて…」という声のようにも聞こえた。
彼女は意を決してドアを開けると、薄暗い中に浮かび上がる一人の少女の姿が目に入った。

その少女は、長い髪をかきあげながら何かを執拗に描いていた。
驚いた春菜は彼女に話しかける。
「何をしているの?」すると、少女は振り返り、目が合った瞬間、春菜はその顔から目を逸らせずにいた。
彼女の眼差しは虚ろで、どこか彼女自身が過去に囚われているかのようだった。

「私は、彼女たちを忘れないようにしているの…」その少女の言葉に春菜の胸が締め付けられる。
彼女は、季節が流れても成仏できずにいる宿泊客の怨念の一部なのだと悟った。
そして、その音は彼女たちの執念が形を持ち、永遠に続く敗北感の象徴だったのだ。
部屋は次第に薄暗くなり、少女が描いていたものが不気味な絵柄になっている様子が見えた。
無数の影がその絵に宿り、まるで宿の過去の影が今も苦しんでいるかのように感じられた。

「あなたも、ここに来てはいけなかったのかもしれない…」少女の声が再び響く。
彼女の言葉は、春菜の心に恐れを新たに喝破させる。
背後に冷たい風が吹き、彼女の背筋が凍りつく。

恐怖に駆られ、春菜は無我夢中で部屋を飛び出す。
再び一階へ向かうと、友人たちが心配して彼女を探しに来ていた。
彼女はその姿を見て、ようやく安心していた。
そして、言葉を失ったまま友人たちと共に宿から逃げ出す。

その後、彼女たちが宿を去る前に振り返ると、二階の窓から少女の影が見えた。
彼女の声が耳に残る。
「忘れないで…」春菜は、あの宿の音と執念が永遠に生き続けることを知り、決して戻らないことを心に誓った。

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