霊の名は久美。
彼女はかつて、静かな町に住む普通の女子高生だった。
しかし、17歳の誕生日を迎えたその夜、不運な事故に巻き込まれ、帰らぬ人となってしまった。
事故の詳細は今も謎に包まれているが、一つだけ確かなことがあった。
それは、彼女の魂がこの世に留まり、町の人々に向けて何かを伝えようとしているということだった。
久美は最初、自分が霊になったことに戸惑った。
学校の校舎を彷徨い、仲間たちや家族の姿を見つめる日々が続いた。
特に、彼女が最も親しかった友人、真奈美に対する思いは深かった。
真奈美と過ごした楽しい思い出は、久美にとって唯一の慰めだった。
しかし、彼女はそれを伝えることができないことに、次第に苛立ちを感じていった。
ある日、久美はふと気づいた。
町にある古い図書館。
その一角に、彼女の思い出の詰まった本が眠っていることを。
高校生活の思い出や、友人たちとの宝物のような日々が記された日誌。
この本を通じて、彼女の存在を少しでも伝えたいと思った。
久美は、図書館の閲覧室に向かうことにした。
霊としての力で空気を変え、冷たく湿った空間の中を進んでいく。
図書館の扉を開くと、温かな光が漏れていた。
久美はその光に導かれるように、自らの記憶を深く刻んだ本が置かれた棚の前に立った。
その時、彼女の視界の隅に。
”新しい記憶”と書かれたページが目に飛び込んできた。
気になった久美は、思わずそのページを捲る。
しかし、そこには彼女の知らない真奈美の文字が並んでいた。
驚愕と同時に、彼女の心に重いものがのしかかる。
そこには、真奈美が久美を失ったその日以来、彼女に対する悲しみや寂しさがつづられていた。
ページを読み進めるうちに、久美は自分がどれほど真奈美に思われていたのかを知る。
彼女自身が持っていた無念や後悔、そして真奈美が彼女のことをどれほど愛していたのかが、言葉と共に溢れ出してくる。
久美は涙が流れそうになる。
彼女の心が温かく満たされる一方で、同時に虚しさも感じた。
自分がもう存在しないからこそ、真奈美が抱え続けるもの。
そのとき、彼女の視界がぼやけていく。
図書館の静寂が逃げていくような感覚に捉えられる。
薄暗い影のようなものが近づいてくる。
そしてそれは、何者かが久美の思いに応えているような気配が漂った。
久美は動けなかったが、その影が自分の周囲を漂い、彼女の存在を確認しているかのようだった。
不意に、久美の心に新しい思いが生まれる。
事故のこと、そして真奈美が自分のいない日々を送っていること。
彼女の苦しみを少しでも和らげるため、久美は本のページを動かし続けた。
彼女自身の思い出を真奈美が見つけるように。
彼女が共に過ごした日々を追体験できるように。
「私のことを忘れないで」と心の中で叫びながら、久美は存在を宿し続けた。
霊としての彼女は、回想の中で静かに微笑み、その思いを真奈美に届ける手助けをしていた。
それからというもの、町ではしばしば奇妙な現象が報告されるようになった。
図書館の裏庭にあるベンチに座っていると、ふと隣に座る誰かがいる気配を感じたり、真奈美の夢に久美が現れたりすることが続いた。
懐かしい友の声が耳に響き、彼女は新たな思い出を抱くこととなった。
時が経つにつれて、真奈美は徐々に久美のことを受け入れ、彼女との別れを乗り越えていった。
そして、久美は成仏する運命を迎え、真奈美の心に根付く形で生き続けた。
久美の記憶は、ただの思い出ではなく、町の人々の中に永遠に刻まれることとなった。
彼女は新しい形で友情を育み、いつまでも真奈美の心の中で生き続ける。
永遠に失われることのない、彼女の小さな記憶が紡がれていくのだった。