市の片隅に、小さな公園があった。
ここには、長い年月を経た大きな木が立っていた。
地元の人々に親しまれ、「老樹」と呼ばれていたその木は、その広い枝を伸ばし、夏になると涼しい影を作ってくれた。
しかし、この木には恐ろしい秘密が隠されていた。
ある日、佐藤圭吾という男が、この公園でふと立ち止まった。
彼は仕事に追われ、心が疲れ切っていた。
少しでも気分転換をしたいという想いから、公園のベンチに腰を下ろす。
そんな時、彼はふと、老樹に目が向いた。
枝が一つ、落ちているのが見えた。
静まり返った公園の中、圭吾はその落ちた枝を無意識に手に取った。
「落ちる」という現象が、実は圭吾にとっての運命の扉を開くことになるとは、この時は知る由もなかった。
帰宅後、圭吾はその枝を部屋に飾ることにした。
年齢を感じさせる、綺麗な木目と形に惹かれたからだ。
しかし、その夜、何かおかしなことが起こった。
寝ていると、ふと自分の名前を呼ぶ声が聞こえた。
「圭吾、圭吾…。」まるで、誰かが自分の耳元で囁いているかのようだ。
彼が驚いて目を覚ますと、自分の目の前に、女性の姿が現れた。
彼女は厚い霧の中から現れ、まるで木の精霊のような雰囲気を醸し出していた。
「私の枝を取ったな?」と、女性は言った。
その声は低く、何か冷たい空気をもたらす。
それと同時に、圭吾は急に自分の全身を包む重たさを感じた。
彼は思わず、声を失った。
「私はこの木の因を背負った者。この枝には、私の因が宿っている。」彼女は続けた。
「私がかつて、落ちたように、あなたも落ちてしまう運命にあるの。」
圭吾はその言葉に心を震わせた。
自分だけは大丈夫だと思っていた。
しかし、彼女の目には確かな意志が宿っていた。
圭吾は思い切って尋ねる。
「どうすれば、私はこの運命から逃れられるのか?」
すると彼女は、静かに微笑みながら答えた。
「この木の献身を理解し、感謝することだけが、因から逃れる道。」そして、次の瞬間、彼女の姿は消え去ってしまった。
圭吾は驚きと恐怖が入り混じる中で、思考がぐるぐると回り続けた。
日が経つにつれ、圭吾は日に日に心が疲れていくのを感じた。
仕事がうまくいかず、友人との関係もぎくしゃくし、彼の生活は暗闇に包まれた。
目の前にあるはずの老樹のことを忘れようと努力するが、どうしても忘れられない。
無意識に思いをめぐらせると、いつも老樹の姿が蘇る。
ある静かな夜、ついに圭吾は決心をした。
「私は真実を受け入れ、その因を理解して感謝しよう。」彼は再び公園を訪れ、老樹の前に立った。
月明かりが木の陰を深くし、彼の心に静寂をもたらす。
「私はあなたの枝を持っています。あなたの因が私に宿っていることを理解しました。ありがとう」と、圭吾は精一杯の思いを込めて話しかけた。
その瞬間、さざなみのように周囲が揺らぎ、木の枝が風の中で舞った。
圭吾は深い安堵感に包まれ、何かが解放されたような気がした。
しかし、心のどこかには、依然として不安が残っていたのも事実だった。
彼がその夜、自宅へ戻ると、彼の中に感じていた重さが少し軽くなっているのを実感した。
しかし、それと同時に、老樹の精霊がもたらした因が、彼の日常に静かに影を落とし続けることを、圭吾はいつも感じていた。
落ちた枝が彼の運命を変えたように、木の因は彼の人生を見つめ続けているのだと。
圭吾はそのことを思い知り、恐れずに前に進む決意を固めた。