「囚われの声」

小さな村の古びた神社が存在する場所は、周囲を深い森に囲まれていた。
その神社には、村の人々が決して近づかなかった「禁忌の森」が広がり、かつて数人の村人が失踪したという噂が絶えなかった。
そんな中、村に住む若者の健二は、好奇心旺盛で無鉄砲な性格から、仲間たちを誘って禁忌の森に足を踏み入れることにした。

「みんな、面白い話を聞いたぞ。森の奥には、不思議なものが届く場所があるらしい。」健二は仲間たちに興奮気味に語りかけた。
彼の言葉は、友人たちの好奇心を刺激した。
いくつかの意見が飛び交う中、結局彼らはその魅力に負けて、禁忌の森に向かうことにした。

しかし、森に入るとすぐに、空気が重たく感じられた。
木々はまるで彼らを拒むかのように密集しており、日差しはわずかにしか射し込んでこなかった。
進むにつれて、仲間たちの顔には不安の色が浮かんだが、健二はその表情を気にせず、さらに奥へと進んでいった。

「ねえ、この辺りで何か聞こえない?」友人の裕子が言った。
彼女は不安そうに周囲を見回した。
確かに、森の中では不気味なさざ波のような音が聞こえ、何かが蠢いているようだった。

「大丈夫、ただの風だよ。」健二は軽く笑って答えたが、心の奥底では何か不穏なものを感じていた。
しばらく進むと、目の前に古びた石の鳥居が現れた。
それは、誰もが忌避する場所だと村に伝わる伝承と一致していた。

しかし、好奇心が勝った彼らは、その鳥居を越えてしまった。
すると、その瞬間、森の奥から冷たい風が吹き抜け、みんなの体を包み込んだ。
黒い森の奥から、何かがこちらに向かって来ているような感覚に襲われ、仲間たちはその場で立ちすくんでしまった。

「帰ろう。やっぱりここはまずい。」裕子が恐怖に震える声で言った。
しかし、健二だけはその場が異様に興味深いと感じ始めていた。
「待て、もう少しだけ進んでみようよ。何か面白いことが待っているはずだ。」健二がそう言った。

おそるおそる進んでいく彼らの耳に、ささやくような声が届いた。
「助けて…」その声は女の子のもののようだった。
仲間たちはその声に動揺し、健二を振り返った。
「この声、誰かがいるのかな?」裕子が不安を抱えた顔をして言った。

「行こう、きっと面白いことが待ってるに違いない。」健二はますます先へと進み始めたが、仲間たちは恐怖で後ろに留まった。
「もうやめよう、これはおかしい。」友人の拓也が声を荒げた。

その時、森の奥から急に冷たい風が巻き起こり、健二の目の前に一人の女の子の姿が現れた。
彼女は白い着物を着ており、透き通るような肌が薄暗い森に浮かび上がっていた。
「私を助けて…」彼女は悲しげな目で健二を見つめていた。

「助けるって、どうすればいいの?」健二は言葉を失い、周囲の仲間たちもただ立ち尽くしていた。
女の子は一歩前に出て、彼の手を掴むと、「この森から出して…」と強く訴えた。

その瞬間、まるで森全体が震えるかのように周囲が揺れ、異様な声が響いた。
「こっちに来い、こっちへ来い…」不気味な声が再び耳に届いた。
仲間たちは恐怖に包まれ、みんなで逃げ出そうとしたが、健二の心にはその女の子への同情が渦巻いていた。

「彼女を見捨てて帰ることができるのか?」その思いが健二を苦しめた。
彼は女の子の手を離さず、他の仲間たちを振り返った。
「俺、彼女を助けるよ。」

周囲がざわめく中、健二は女の子の手を引いて、森の奥へと進んで行った。
仲間たちは無力感に苛まれながらも、彼の決断を理解し、そこから逃げることを選んだ。
森の出口に向かって走り去る彼らの背後で、健二と女の子の姿は徐々に霧の中に消えていった。

その後、村では健二の姿を見かけることはなかった。
残された仲間たちは、禁忌の森が封じ込めている何かを恐れ、二度と近づくことはなかった。
その話は語り継がれ、村人たちの間で「届けられた声を聴く者は、森に囚われる」という警告として生き続けた。
誰もが禁忌の森のことを忘れたが、今でも時折、村の静寂の中に「助けて…」という声がかすかに響くことがあるという。

タイトルとURLをコピーしました