ある小さな村に、山田という男が住んでいた。
彼の家は、村の外れにある古びた神社のすぐそばだった。
神社は、長い間人々から敬われていたが、最近では誰も訪れなくなっていた。
村の者たちは神社にまつわる噂を恐れ、その存在を忘れようとしていた。
特に、夜になると神社の周囲に現れるという「魂」の存在が、人々を怯えさせていたからだ。
山田は、そんな噂をまるで気に留めないように見えた。
彼は常に冷静で、どんな話を聞いても淡々とした態度を崩さなかった。
だが、心のどこかでその噂に興味を抱いていたのかもしれない。
ある夜、彼は思い切って神社を訪れることにした。
月明かりに照らされた神社の境内は静まり返り、どこか異様な雰囲気を醸し出していた。
神社に着くと、山田は周囲を見回した。
すると、薄暗い境内の真中に、白い影がひとつ現れた。
驚くこともなく、彼はその影へと近づいていった。
近づくにつれて、その影は徐々に人の形を成していった。
それは、何十年も前に亡くなった村の娘、佐藤花子だった。
彼女は美しい顔立ちをしていたが、その目はどこか寂しげだった。
「私の魂はここに囚われている」と花子は言った。
「私の生涯は短く、無念が残ったままこの世を去った。私は他の人々の犠牲となったの。今でも、私のことを忘れないでほしい。」
山田はその言葉に心を打たれた。
彼は花子の話を静かに聞く姿勢を崩さなかった。
花子は続けて語った。
村では、彼女の死をきっかけに、昔の掟を裏切る者が数多く現れた。
そして、そのたびに村には災厄が訪れ、彼女の魂は鎖のように縛られているのだと。
山田は、彼女の言葉に耳を傾けながらも、自分には何もできない無力感を感じた。
しかし、次第に彼の心には決意が芽生えてきた。
「では、私はあなたの話を、村の人々に伝えます。あなたの無念を晴らすために」と彼は答えた。
花子は微笑んだ。
「ありがとう。でも、あなたが真実を語るとき、必ず慎重に…忠実に…」
夜が更けるにつれ、山田は花子との約束を思い返しながら、神社を後にした。
彼は決して噂話のように花子のことを語るのではなく、彼女の魂について真剣に考え、村人たちに怪談を通じて伝えようと心に決めていた。
しかし、その翌日から、山田は不思議な出来事に見舞われるようになった。
朝になると、彼の夢の中に花子が現れ、彼を見守っているのだった。
彼女は時折、彼の気持ちを試すように答えていた。
「あなたが私を思い出す限り、私は存在する。だが、忘れ去られてしまえば、私は消えてしまう。」
数日後、山田は大家の前で花子の話をした。
村の人々は彼の話に驚き、懐かしそうに彼女の名前を口にした。
皆が彼女を忘れないよう、再び神社に足を運ぶようになった。
しかし、山田の心に残った恐怖は消えなかった。
花子の魂が解放される日はいつになるのか、彼は自問自答し続ける。
彼女が救われるためには、何をすれば良いのか。
自分の言葉が果たして彼女の魂を.releaseできるのか、疑念が尽きることはなかった。
結局、山田は花子のことを思い出しながら、静かに生きていくことを選んだ。
彼女の存在は彼の心の中で生き続け、村の人々も彼女を忘れずに過ごしていった。
そうして、夜の静寂の中で、花子の魂はまだ、どこかで山田を見守り続けているのかもしれない。
