夜の帳が降りると、墓地は不気味な静けさに包まれる。
ここは古びた町の外れにある小さな墓地で、長い間放置されていた。
草が生い茂り、苔むした碑に古い名前が刻まれている。
里村真一は、そんな墓地の中に一人足を踏み入れた。
彼は、幼い頃からの言い伝えを確かめるためにここを訪れたのだ。
この墓地には、亡くなった人々の霊が現れるという噂があり、多くの人は怖れを抱いて近寄らなかった。
しかし、真一は逆にその不気味な魅力に惹かれ、好奇心を持ってやってきたのである。
真一が墓地に入ると、薄い霧が立ち込め、気温が急に下がった。
彼は首をすくめ、体を縮める。
その時、墓の奥から微かな声が聞こえてきた。
「来てくれ…」それは、まるで誰かが呼んでいるかのような囁きだった。
真一は恐怖心と興味の間で葛藤しながら、声の主を探そうと歩き出した。
彼は次第にその声の元へと導かれ、古い墓石の陰にたどり着く。
そこにあったのは、朽ち果てた木製の十字架であった。
その十字架には、かつて亡くなった少女の名前が刻まれていた。
「おじょう」という名のその少女は、数十年前にこの町に住んでいた不幸な子供だった。
「どうして私のところに来たの?」十字架の前に立つと、再びその声が響いた。
真一は背筋が凍る思いがしたが、思わず声を返す。
「あなたは、おじょうさんですか?」
「そう…私はここでずっと待っているの…」その声は、悲しみに満ち、どこか切ない響きを持っていた。
「私を助けてほしいの…私の心はこの墓に囚われている。」真一は恐怖心を抱えながらも、何とか彼女の話を聞きたいと思った。
「どうすればあなたを助けられるの?」彼は問いかける。
おじょうは静かに目を閉じ、小さな声で答えた。
「私の妹が生きている間に、私の墓参りをしなかったの。だから私の魂は、自由になれないの…。」
真一はその言葉の意味を噛みしめた。
おじょうは、妹に対する思いが此処に留まらせているのだ。
彼の心は、彼女の無念を理解し、同情の念が湧いた。
「あなたの妹を探してみます。そして、彼女があなたを忘れないように伝えます。」
おじょうは微笑み、涙を流した。
その瞬間、霧がさらに濃くなり、彼女の姿はぼんやりと浮かび上がった。
「ありがとう…私を解放してくれるの?」彼女の声は希望に満ちている。
真一は墓地を後にし、町に戻ると、真剣に彼女の妹を探し始めた。
彼女の名前を知る者はおらず、町中の古い人々に聞くことにした。
しかし、運命のように何度も壁にぶつかり続け、とうとう数週間後、彼はある老人のもとに辿り着いた。
「おじょうの妹か。彼女は今も生きている。ただ、もう遠いところに住んでいる。」その老人は言った。
「おじょうのことを思い続けてくれたのなら、彼女の心は救われるだろう。」真一はその言葉を力に、妹を見つけるためさらに尽力した。
数か月後、ついにおじょうの妹を見つけ、彼女に真一の思いを伝えることができた。
妹は、姉のことを忘れてはいなかったが、悲しみから目を背けていた。
真一は彼女に墓参りをすることを勧めた。
その夜、真一は再び墓地に帰った。
静まり返ったその場所で、彼はおじょうの十字架の前に立ち、無事に妹とつながったことを告げた。
「おじょうさん、あなたはもう自由です。」真一がそう言った瞬間、墓地が光に包まれ、おじょうの姿が優雅に舞い上がるのを見た。
「ありがとう…」その声は、夜の静寂の中で消えていった。
真一は涙を流しながら、おじょうの解放を見守る。
再び静けさが戻った墓地には、今までとは違った温もりが感じられた。
彼の心には、安堵と感謝が満ちていた。