「囚われた鏡の中で」

その夜、拓也は友人たちと肝試しに出かけた。
明るいうちは賑やかな街も、夜になると静まりかえり、不気味な雰囲気が漂っていた。
友人たちは「いわくつきの廃墟」に行こうと提案をし、拓也も好奇心からその場所に足を運ぶことにした。

廃墟の外観は、まるで長い間誰も手をつけていないかのように、草木が生い茂り、建物は崩れかけていた。
黒ずんだ窓からは何かがこちらを思し召しているかのような気配を感じ、彼らは少し怯えながらも中に侵入することにした。

薄明かりの中で、廃材が散乱し、かすかな声が耳元でささやいているような気がした。
最初は気のせいだと思っていたが、だんだんと意識がその声に引き込まれる。
友人たちはすぐに笑い飛ばしたが、拓也はその声に引っかかり、何かに導かれるように足を進めた。

「おい、拓也、行くのか?」仲間の一人、健太が声をかけたが、拓也はそのまま無言で奥へ進み続けた。
そこで彼は、薄暗い部屋の中に、一本の古い鏡を見つけた。
鏡は埃だらけだったが、なぜだかその向こう側に何かが見えそうな感覚がした。
不安を抱えつつも、拓也は鏡に手を伸ばした。

すると、でたらめに揺れる光の中に、彼の目の前に顔が現れた。
それは流れていく感情、らしさが漂う女性の姿だった。
彼女は消え入りそうな笑みを浮かべ、何かを伝えようとしているようだった。
その瞬間、拓也はその女性に吸い寄せられるように感じ、彼は恐怖を忘れて彼女の手を取った。

その瞬間、周囲がざわめき始めた。
異様な圧迫感と共に、友人たちの声が次第に遠くなっていく。
拓也は逃げ出そうとしたが、身体が動かない。
彼の心の中で、逃げたいという一心が焚きつけていたが、何かが彼を取り囲むようにして捕まえてしまったのだ。

拓也は脱出しようと必死にもがいたが、その女性は微笑みながら囁く。
「逃げられないの、あなたは私のものであり、もう戻れないから…」その言葉を聞いた瞬間、拓也は背筋が凍りつく思いをした。
彼はその女性が、実際にはこの世に留まらない存在であることに気づいた。
彼女のまとう霊的な空気は、まさに逃げることを許さないものだった。

彼は必死に思考を巡らせ、逃れようと走り出すが、どこに向かっているのかも分からず、ひたすらにその場から離れようとしていた。
周囲は暗闇に覆われ、どこを向いても進んでいるはずなのに、元いた場所に戻ることしかできなかった。

「助けて!戻りたい!」必死に叫ぶが、声は掻き消され、彼の求める者は存在しなかった。
友人たちが呼び戻してくれることも、もう叶わないのだ。
彼は彼女の強烈な視線を受け止めながら、冷たい汗をかき、それでも逃げるために何が全てだったのかを理解できなかった。

時間が過ぎても、拓也は一向にその場所から抜け出せなかった。
無情にも、彼はこの廃墟に永遠に囚われた存在となってしまったのだった。
誰も見つけることなく、彼のことを忘れ去られた。
そうして彼は、自らの運命を受け入れることにしたのだ。
彼女の微笑みが、今も耳元でささやいているかのように感じながら。

タイトルとURLをコピーしました