夜の静けさが広がる町は、どこか薄暗く、霧が立ち込めたような雰囲気が漂っていた。
その中でも特に目を引く一軒の家があった。
古びた蔵が併設されたこの家は、長い間人の気配を感じさせない場所として知られていた。
住人がいなくなってから数十年が経ち、町の人々はその不気味さから近づかないようにしていた。
ある晩、安藤健一という青年が友人たちと肝試しに訪れることになった。
スリリングな体験を求めて、この廃墟のような家に足を運ぶことにしたのだ。
仲間と共に息を潜めて入り口を押し開けると、息を呑むような暗闇が彼らを待っていた。
子供の頃からの恐怖心を克服するために、健一は一歩ずつ足を進めた。
家の中には薄汚れた家具や壊れた窓枠があり、どこか懐かしい匂いがした。
仲間たちが笑い合いながら進む中、健一だけは不安を感じていた。
やがて彼は一木の扉を見つけた。
その扉は他の場所とは明らかに異なる古びたもので、何かが隠されているような気配がした。
「やってみようぜ、開けてみろよ!」友達が声をかけてきた。
それに背中を押されるように、彼は扉を開けた。
そこに広がっていたのは小さな部屋で、中央には古びた鏡が置かれていた。
鏡面は埃に覆われていて、映り込むはずの自分たちの姿もほとんど見えなかった。
そこで友人たちは一緒に鏡を覗き込んだが、何も異常は見受けられなかった。
しかし、健一はその瞬間、何か大きな影が鏡の奥に映ったように感じた。
目を細めて確認すると、まるで自分と同じ姿の男が映り込んでいた。
彼の表情は虚無であり、どこか憎しみに満ちた眼差しが健一を捕らえた。
驚いて後ろに下がる彼に対し、友人たちはその様子を見て笑った。
「お前、一人でビビってんのか!」しかし、健一はこのままではいけないと思い、鏡に手をかけた。
その瞬間、冷たい何かが彼の心を捉え、引き寄せていく感覚があった。
次の瞬間、友人たちが叫ぶ音が響いた。
「健一、やめろ!」彼の体は瞬時に動けなくなり、周囲が歪み始めた。
鏡の中からは、先ほどの影がにじみ出てくるように見えた。
まるで彼をこの場所に引き留めようとしているかのようだ。
無意識に彼は目を閉じた。
次に彼が目を開けたとき、周りは静まり返っていた。
仲間の姿は消え、鏡だけが彼を見つめていた。
彼は焦りを感じ、必死に周囲を見渡すが、どこを探しても誰もいない。
唯一本当にあるのは、薄暗い鏡の中で自分自身と向き合っている影だけだった。
「助けて…」その声は、鏡の奥から聴こえてきたように思えた。
彼が再び鏡に近づくと、今度はその影が語りかけてきた。
「私を解放してくれ…私はここに囚われているんだ。」その言葉の中には絶望とともに、かつて生きていた者の痛ましい思いが込められているようだった。
健一は心を決め、鏡に向かって叫んだ。
「僕がここに来たのはあなたのためだ!解放してあげる!」その瞬間、胸が熱くなる感情が湧き上がり、彼は全力で鏡を叩いた。
すると、驚くべきことに、鏡の表面が波打ち、冷たい風が彼に吹きつけてきた。
「救えない、逃げろ…」その言葉は再び彼に響く。
彼の選択は正しかったのか、それすらもわからないまま、彼はその場から逃げ出すことを決意した。
振り返ることもなく、ただひたすら出口を目指した。
強い風と共に、何かが彼の後ろで崩れていく音が聞こえた。
家を出たとき、冷たい夜の風が彼を包み込んだ。
友人たちは無事に外で彼を待っていた。
「お前、何してたんだ?」その言葉は彼にとって救いのように感じられた。
けれど、健一の心には恐怖が残り続けていた。
彼はあの鏡の中で、囚われていた者の叫びを心に刻んだまま、夜の闇に消えて行った。