深夜、陽介は友人たちとキャンプをするために、人気のない野原を訪れることに決めた。
彼らは都会の喧騒から離れ、静かな大自然の中で過ごす予定だった。
夜になると、星空が広がり、虫の声が響く中、彼らは火を囲んで楽しいひとときを過ごしていたが、陽介は一つの不安を抱えていた。
陽介の祖母は生前、「夜中に野原で声が聞こえたら、それは魂の放つものだ」と語ったことがあった。
彼はその話を思い出し、何かが起こる予感に身を震わせていた。
友人たちは怖い話を始め、その中にも祖母の話が含まれた。
しかし、陽介は気にせず、笑いながら彼らと共にいた。
その時、ふと、彼らの周囲に異様な静けさが訪れた。
虫の声が消え、火のパチパチという音だけが響いていた。
陽介は何かが変だと感じ、「君たち、周りに何か感じない?」と問いかけた。
友人たちは笑い飛ばし、「どうしたの、陽介?怖がってるのか?」と返した。
しかし、その時、野原の向こうから低く響く声が聞こえてきた。
「助けて…助けて…」
陽介はその声にかき消されるように思わず立ち上がった。
「聞こえた、今の声…!」彼は慌てて声をあげた。
友人たちは一瞬静まり返ったが、すぐに「ただの風だよ」と再び笑った。
だが陽介はその声が人間のものだと確信した。
そして、恐怖で胸が締め付けられながらも、彼は声の方へと足を向けた。
野原の奥へ進むにつれ、陽介は不気味な懐かしさを感じた。
もしかすると、これが祖母が言っていた魂の声なのかもしれない。
心の中で混乱と興奮が交錯し、前に進む。
月明かりの下、彼は古びた木が立ち並ぶ場所に辿り着いた。
そこから、また「ああ、助けて…」という声が聞こえた。
陽介はその声に導かれるように進んでいくと、目の前に一人の女性の影が見えた。
彼女はふわりとした白い衣をまとい、顔がぼんやりと見えない。
陽介は恐る恐る声をかけた。
「あなたは誰ですか?」
女性は振り返ることなく、「私の魂はここに縛りつけられている。助けて…放してほしい」と言った。
陽介の心が波立った。
彼女の声には絶望がこもっており、ただ無視することはできなかった。
「どうすれば助けられるんですか?」陽介は尋ねた。
女性は静かに言った。
「私の過去を知る者が必要なの。私の名を呼び、私を思い出して。そうすれば、私は放たれる。」
その瞬間、陽介は彼女の名を知っていた。
祖母がかつて語った、村の伝説だ。
そして彼女が誰であるかを理解した。
彼女は長い間野原に囚われていたという、村で消えた女性の魂であった。
「私が知っている」と陽介は言った。
「あなたは日向香織さんだ。」
その言葉が響くと、女性の姿が鮮明になり、彼女の目には涙が光っていた。
「そう…私は香織。私の家族が私を放置したから、ここに残されてしまった。」
陽介の胸が苦しくなる。
彼女の悲劇が切実に伝わってきた。
「香織さん、私はあなたを解放します。あなたのことを思い出し、伝えます。」彼は大声で叫び、その周囲に響かせることが自分にできる唯一の解決策だと感じた。
「香織さん、あなたの名前は忘れられていない。地元の人々にも、あなたのことを語られ続けている。あなたの思い出は消されない。」
その瞬間、周囲に風が吹き荒れ、強いエネルギーが満ちてきた。
香織の表情が優しさに満ち、彼女の姿がふわりと薄れていく。
「ありがとう。私はもう自由です。」その言葉が最後に彼の耳に残り、香織の魂は静かに放たれていった。
陽介はその後、キャンプに戻った。
友人たちは彼がどこに行っていたのか不思議がったが、彼はただ微笑んで答えた。
「素晴らしい夜だった」という言葉の裏には、彼の心に確かな解放の感覚が宿っていた。
野原には静けさが戻り、夜空に輝く星々は彼の背後で静かに見守っているようだった。