「囁く影の廻り道」

深夜、集落の外れにある古い民家。
そこは、住民が鬼(おに)を恐れて避ける場所だった。
噂によれば、かつてこの家には「験」(がん)の強いと言われた者が住んでおり、悪霊を祓うための儀式を数多く行っていたという。
しかし、彼の仕事が終わると同時に、家は不気味な静けさに包まれ、誰も足を踏み入れなくなった。

ある日、大学生の田中健太は、友人たちと肝試しにこの民家へ向かうことにした。
「どうせ、怖い話なんてただの噂だろう」と無邪気に言い放った彼は、好奇心に駆られた。
他の友人たちも賛同し、彼らは夜の帳(とばり)が下りた頃に、道を辿り集落の端にあるその家にたどり着いた。

家の扉は古びていて、微かにきしむ音を立てた。
中に入ると、冷たい空気と共に、何か不気味な音が響いているように感じられた。
友人の佐藤は「これが音の正体か?」と不安そうに言ったが、健太は「ただの風だよ」と一笑に付す。

中に入ると、壁には古い掛け軸が掛かっており、床は埃に覆われていた。
彼らは廻(まわ)りながら、家の奥へと進む。
様々な物品が散乱しており、古びた人形や、数々の呪具が目を引く。
佐藤は「これ、何かの儀式用の道具じゃないか?」と不安を漏らした。

その時、ふと音が止まった。
静まり返った室内の中、健太は「聞こえたか?」と囁く。
まるで彼らの気配を感じたかのように、外から強い風が吹き抜け、壊れた窓がきしむ音を立てた。
「ただの風のせいだ」と再び健太は言い訳したが、心の奥底では不安が募っていた。

進むにつれて、再び音が聞こえてきた。
それは、低い男の声がささやくように響いている。
「出て行け」という虚ろな息遣いと共に、冷たい空気が彼らを包んだ。
友人たちは次第に顔を引きつらせ、「もう帰ろう」と口にした。

しかし健太は、恐怖心を振り払うように「もう少しだけ探索しよう」と言った。
屋内で何かが動く音を聞いた彼は、興奮から手にした懐中電灯で照らしながら、音の源を求めて進んだ。

その時、健太の頭の中で何かが廻っていた。
逃げ道を探すかのように、どこからともなく囁く声が耳元で響いている。
「お前は出られない」と。
強烈な恐怖に襲われた健太は一瞬動けなくなり、ただ目の前の闇をじっと見つめていた。

「健太、何を見てる?」佐藤の声が響くが、彼の目には何も見えない。
かつて「験」の強い者が住んでいたこの家の呪縛にかかり、外の世界へ戻れないような錯覚が襲っていた。
その時、ようやく見えたのは、無数の影が廻り、彼を囲っている姿だった。

「逃げろ!」との声が響いたが、その瞬間、健太は持っていた懐中電灯が消えてしまった。
暗闇に包まれる中、彼は焦り、必死で出口を目指した。
しかし、そこには障害物が散乱していて、なかなか抜け出せない。
友人たちの叫び声が耳を刺し、彼は混乱した。

光が戻った時、そこにいたのは健太一人だけだった。
健太は息を切らし、恐怖に震えながら外へ飛び出した。
しかし、友人たちの姿はどこにも見当たらない。
彼は振り返り、再びその家の中を見る。

そこから聞こえる音は、彼を呼ぶ声だった。
「お前も、こちらへ来い」と。
その瞬間、健太は理解した。
この家は、彼を取り込もうとしているのだ。
彼は振り返り、走り出した。

集落に戻った健太は息を切らしていたが、頭の中には「験」の強い者の声が残っていた。
「忘れないで、廻っているのはお前だ」と。
彼の心はそのまま影に飲まれることはなかったが、時折、あの音が響くのを感じることがあった。
それは、彼の記憶の中で廻り続ける、終わらない恐怖の音であった。

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