「囁かれた間の迷宮」

薄暗い地下室は、どこか湿った空気が漂い、壁にかかる薄い照明がわずかに影を落としていた。
圭介は、その地下室で一人、父親の遺品を整理していた。
数年前に亡くなった父は、趣味で収集した古い文献や道具を自宅の一室に保管していたが、圭介はそのすべてを捨てることに躊躇していた。

整理を進めるにつれ、圭介は一冊の古びた本を見つけた。
表紙には「間」とだけ書かれており、中身は不明な言語で記されていた。
好奇心に駆られた圭介は、その本を手に取り、横にある古いテーブルに座った。
ページをめくると、言葉の意味は分からなかったが、どこか引き込まれるような奇妙なリズムが感じられた。

そのとき、耳元で微かな囁きが聞こえた。
「間、間、間。」圭介は一瞬驚いたが、誰もいない地下室に安堵し、囁きの正体を考えた。
たとえ幻想でも、本に魅了されたのは確かだった。

圭介は本の内容を探るため、何度も声に出してその言葉を繰り返した。
「間、間、間。」その声が響くごとに、地下室の空気がピリッと張りつめ、静寂の中に埋もれていた何かが動き出した。

しばらくすると、周囲の環境が変化したのを感じた。
地下室の壁がゆらりと波打ち、微細な隙間から冷気が入り込んでくる。
圭介は不安にかられながら本を閉じようとしたが、手が動かず、次第に目が眩んでいった。

気が付くと、圭介は死んだような静けさに包まれた別の空間に立っていた。
そこは地下室の中でない、まるで夢から覚めた後のような異質な場所。
周囲はぼんやりとした光に包まれていて、 DISTANTと呼ばれる空間——人と人との間に存在する微妙な隙間で形成されていた。

そこで、圭介は数多くの影たちに出会った。
それぞれの影は自らの願いと覚悟に囚われ、人生の中で見逃していた「間」を求めて彷徨っているようだった。
圭介は彼らを憐れんだが、彼自身もまた彼らと同じく「間」に囚われていた。

「ここから出る方法はあるのか?」圭介は恐る恐る問いかけた。
しかし、影たちは彼に耳を傾けることはなかった。
彼の存在は、彼らにとって気にも留まらないものだったのだ。
焦りが募る。

その時、どこからともなく耳元に再び囁きが聞こえた。
「解、解、解。」圭介は思い出した。
最初に見つけた本には「解」の文字が書かれているページがあったはずだ。
自分の中でその意味を探るうちに、圭介はヒントを得た。

「間」とは、相手と自分をつなぐ不確実な空間。
その中で自分を解放するという解法。
圭介は、周りの影たちに想いをこめて自らの胸を叩き、彼らの存在を正面から受け入れることにした。
「あなたたちも、私も、同じ願いを持っている。それを知ることで、私たちは解放されるのではないか?」

その瞬間、周囲の空気が驚くほど温かくなり、影たちの姿が明瞭になっていく。
彼らの線が次第に結ばれて、ひとつの大きな「間」となった。
圭介はそれに同調するように心を開き、彼らの存在を愛した。

次の瞬間、光が閃き、圭介は現実の地下室に戻った。
手にしていた本は閉ざされており、表紙には新たに「解」の文字が刻まれていた。
圭介は安堵しながら、その本をそっと引き寄せた。
彼は理解した。
この本は、ただの知識のためのものではなく、自分自身と向き合うための大切な教訓だったのだ。

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