ある静かな村の外れに、古い橋があった。
その橋は、村人たちの記憶に残る美しい景色を背にしていたが、同時に恐ろしい噂も絶えなかった。
橋の下には流れが急な川が流れており、何度か人が行方不明になる事件が起こっていたからだ。
村人たちは、この橋は「商の橋」と呼び、特に夜の時間帯に近づくことを避けていた。
伝説によれば、かつてこの橋の近くに「商」という名の若い娘が住んでいた。
商は美しい姿を持ち、村の男たちからも好意を寄せられていた。
しかし、彼女の心にはもう一人の男がいた。
彼の名は健太、商の親友であり、彼女が密かに思いを寄せていた。
ある晩、商は健太の告白を待っていたが、彼は友人たちとともに橋の上で酒盛りをしていた。
商はその様子を見つめながら心の中で葛藤していた。
彼女の心には期待と不安が交錯し、彼女はその場に近づくことを決意した。
しかし、橋に近づくと、彼女は何か不吉なものを感じ、足がすくんでしまった。
その時、橋の上で健太たちが大笑いしている声が聞こえてきた。
商はその声に圧倒され、一歩踏み出すこともできなかった。
ふと、彼女は気がついた。
健太がふざけて段を外れて足を滑らせ、川に落ちてしまう瞬間を。
「健太！」と、商は思わず叫んだが、その声は夜の闇に吸い込まれていった。
健太は川の流れに飲み込まれ、二度と戻ることはなかった。
村人たちは何かを恐れ、その晩から商に近づくことを避けるようになった。
商は深い悲しみに沈み、自分の未熟さを呪った。
彼女の心には、健太の笑顔が常に残り、やがて数ヶ月が経過した。
村では健太の死を巡っていくつかの奇妙な現象が起こり始めた。
橋の周辺で不気味な声が聞こえたり、川の水が真っ黒になったりと、村人たちは恐れおののく。
その中でも、商は自らの運命に対する恐怖が拭えなかった。
彼女は重い思いを抱え歩き続け、夜毎に橋を訪れるようになった。
ある夜、商はいつものように橋の上で静かに座っていた。
月明かりに照らされ、彼女の涙が光る。
すると、その時だった。
冷たい風が吹き、何かが彼女の背後に感じられた。
振り返ると、そこには健太の影が立っていた。
「商…」と、彼の声が耳に響く。
その瞬間、商の心臓は大きく跳ね上がった。
まさか、彼が生きているのか。
だが彼の目は無表情で、彼女が知っている笑顔ではなかった。
その瞳には、何かが満ちているようで、商は恐怖と期待で言葉が出なかった。
「僕はここにいる。でも、もう帰れない。」健太は淡々と告げた。
その瞬間、商の心には激しい痛みが走る。
「ごめんなさい、私のせいなの…」と、商は泣き崩れた。
しかし、健太は微かに笑った。
「私たちの思い出は消えていない。君が私を忘れない限り、私はここにいるよ。」その言葉を聞いた瞬間、商は過去が現実となり、彼の声が川の流れに紛れ込むのを感じた。
その晩、商は橋を離れられずにいた。
健太が見えたら、彼の記憶を心に抱いている彼女は、彼の存在を失うことへの恐れと向き合うこととなった。
田園の静けさの中で、商はひとり、涙を流しながら「忘れない」と誓ったのだった。
それからも、商は橋へ訪れ、健太との思い出を語り続けた。
村の人々は、忘却の中に存在し続ける商の姿を見かけては恐れ、川の流れの音が有る限り、彼女の存在の影をたどるのであった。
そして橋は静かに、どこか哀しげに、彼女たちの物語を見つめ続けるのだった。
