かつて、山奥にある小さな村に、一つの古びた道場が存在していた。
駅からは遠く、道も狭く、日が差すことすら珍しい場所。
地元の人々はその道場に近寄ることを避けていた。
道場の主である高齢の武道家、一人の男が、村で一番の実力者とされていたからだ。
しかし、その男は村全体を恐れさせる存在でもあった。
ある冬の日、この道場に一人の若者がやって来た。
名は健太、彼は武道の修行に情熱を燃やす若者であった。
都市生活に疲れ、精神的な成長を求めて村へとやって来た健太は、道場の主に弟子入りを希望した。
彼の無邪気な瞳は、村人たちが口を揃えて語る「道場の主が守っている秘密」に触れたいという好奇心にも満ちていた。
夜が訪れ、道場には一片の静寂が漂っていた。
健太は主のもとで初めての稽古を受けるため、道場に向かう。
しかし、その薄暗い道場の中に一歩入ると、なぜか背筋がゾクゾクした。
壁にかかっている武具や床に散らばった道着は、まるで彼を見つめているかのようでもあった。
「待っていたよ、健太。」声が響く。
主の男は、朽ちた木のように老いた背中を丸めて、ゆっくりと健太に近づいてきた。
「君の覚悟を試してみよう。」
健太は身を引き締め、道場での稽古に没頭した。
日々の修行は厳しく、主の言葉は冷たかったが、それでも彼は数ヶ月間、励み続けた。
しかしある夜、健太は夢にうなされる。
その夢の中で、道場の暗闇から何かが這い上がってくるのを感じた。
彼の後ろにいる主が、いつの間にか別人に見え、まるで緑色の肌をした生き物が彼の命を狙っているように感じた。
夢から覚めた健太は、道場の主の異常さに気づく。
彼の目の色は日に日に暗くなっていき、動作も滑らかではなくなってきた。
しかし健太の心の奥には、彼を鍛えようとする熱意がくすぶっていたため、その変化に目を背け続けた。
日が経つにつれ、健太は道場の不気味な雰囲気に圧倒され、村の人々が語る噂を思い出した。
「あの道場の主は、村人の命を吸い取っている」と。
健太は、真実を確かめることにした。
ある満月の晩、健太は道場の片隅に隠れ、主の行動を観察することにした。
すると、道場の裏口から一人の村人が入っていくのを見た。
村人は緊張した様子で動き、主の姿が見えると、彼に頭を下げた。
主は満面の笑みを浮かべ、その村人に近づく。
瞬間、黒い影が道場の奥からのび、それが主を包んでいく。
健太は恐怖で足がすくみ、目を閉じた。
その瞬間、彼の心に響いたのは、村人の悲鳴だった。
「私の命を返してくれ!」と叫ぶ声。
健太は呆然と立ち尽くし、目を開けたときには、道場が真っ暗になっていた。
目の前には道場の主が、まるで無気力な人形のように立ち尽くしていた。
目が虚ろで、その表情は恐怖に満ちていた。
健太はすべてを理解した。
自らの命が主のために消費されていく様を、彼は見てしまったのだ。
村人と同じように、健太は主によって吸い取られてしまう運命にあった。
彼はその場から逃げようとしたが、体が動かなくなった。
その瞬間、主の目が彼を捕らえた。
「君も、この道場の一部になるのだ。」主の声が響く。
暗闇の中、健太は恐怖と絶望に打ちひしがれたが、同時に冷静さもを失わなかった。
「私はまだ、命を吸われるわけにはいかない!」心の中で叫んだ。
その時、道場の隅から光が漏れ、過去の修行の記憶が蘇った。
健太は戦う決意を固め、道場の主に立ち向かう。
だが、彼の運命は果たしてどのように変わるのか、それは彼自身の選択に委ねられたのだった。