密と呼ばれる若い女子学生は、進学した大学附属の院での忙しい生活に追われていた。
彼女には同級生や先輩と仲良くする余裕などまったくなく、ひたすら勉強に没頭していた。
その日も遅くまで図書館にこもり、資料を整理していたが、周囲には誰もいなかった。
夜が更け、館内は静まり返っていた。
彼女は少しの間、机にうつ伏せで眠ってしまった。
目が覚めると、図書館は真っ暗で、外からの明かりさえほとんど届かない状態になっていた。
冬の寒さが一層増す中、彼女はゆっくりと立ち上がり、帰ろうとした。
しかし、廊下を歩くうちに奇妙な声が耳に入ってきた。
心の奥で響くようなその声は、まるで何かに呼ばれているような感覚を彼女に与えた。
その声に導かれ、密は奥の研究室へと足を運んだ。
重い扉を開けると、そこには机の上に無造作に置かれた古びた冊子が目に入った。
表紙には「魂の記録」と書かれており、何か恐ろしい内容が綴られているに違いないと彼女は感じた。
興味をそそられた密は、思わずその冊子を手に取った。
ページをめくると、そこには人々の魂の記録が詳細に書かれていた。
それぞれの魂には、どのようにして悪に囚われたのか、またどのような形でそれが彼らの人生に影響を与えたのかが記されていた。
興味を引かれつつも、密は次第にその内容がただの物語ではなく、実際に存在した人々の記録なのではないかと不安を覚え始めた。
ふと、彼女は研究室の奥に目をやる。
そこで、薄暗い空間の中にかすかな人影が見えた。
彼女は声をかけるが、答えは返ってこない。
何かに惹かれたようにそっと近づいてみると、その人物は驚くほど惨めそうな表情をしていた。
目を合わせた瞬間、彼女はその人影が、自分が持っていた冊子の中に記されていた人間の一人であることに気付いた。
彼の後ろには、言葉にならない無数の悪の影がうごめいていた。
「助けて…」その人影は密に向かってそう呟いた。
信じられない光景に震えが止まらなくなった彼女は、一歩後ずさった。
しかし、その声が再び彼女を引き寄せる。
「私の名前を呼んで。私の声を記憶して。」
その瞬間、密は何かが心に宿った。
彼女の目の前で、その人影が苦しそうに身をよじる。
彼女は恐怖と興味の狭間で揺れながらも、無意識に彼の名前を口にする。
「佐藤君…」
それが引き金となったのか、忽然と彼の姿が消えた。
無残な空間が再び静まり返る中、密は何かがそのまま彼女の中に流れ込んでくるのを感じた。
自分の体が重たくなり、頭の中が混乱し、彼女の意識は徐々に遠のいていった。
次に気がつくと、密は病院のベッドの上で目を覚ました。
記憶があやふやなまま、何かが彼女の脳裏に囁いていた。
心の奥に眠っていた「悪」というものが、いつの間にか彼女の中に巣くっていた。
彼女はしばらくしてから、その悪が自分の命を狙う存在であることに気付いた。
彼女が再び研究室へ行くと、あの冊子はもはや存在しなかったが、彼女の心には強烈な影響が残っていた。
時々フラッシュバックするその影は、自身の人生の中に潜む悪を忘れさせないためのものだった。
悪が浸食し続ける日々の中、密はついにその悪の声に囚われ、彼女自らが記録される存在となってしまった。
講義や交友関係は次第に疎遠になり、彼女はただ一人、進むべき道を見失ったまま、次第にその影に飲み込まれていったのだった。