静かで美しい新緑の季節、郊外の小さな村にある公民館で行われた地域の集まりは、いつもと変わらぬ和やかな雰囲気で進行していた。
しかしその日は、参加者の一人である健太が不思議な怪談を始めたことで、場の空気が一変した。
「みんな、聞いたことあるか?あの遠い山の向こうにある廃村の話。」健太は少し顔を引き締め、語り始めた。
周りの人々は興味を持ち、静かに耳を傾けた。
「その廃村は、何十年も前に崩壊してしまったんだ。しかし、時折、村の人々の姿が見えるというのさ。彼らはまるで昔のままの生活をしているようで、にぎやかな声が聞こえてくる。けれど、誰も近づいてはいけない。なぜなら、その村に足を踏み入れた者は、二度と帰れないからだ。」
健太の言葉に、参加者たちはざわめき始めた。
特に、長年村で暮らしていた佐藤さんは、顔を青ざめさせていた。
「それは本当なのか?そんな話、私は初めて聞いた。」佐藤さんは声を震わせて言った。
彼女の家族が、かつてその廃村に住んでいたことがあり、その説話が本当ならば、自分の血筋に何か影響を及ぼすのではないかと恐れていたのだ。
「いや、健太の話なんて、ただの噂だろう。でも最近、廃村に近づいた若者たちが、村から帰ってこないという話は聞いたぜ。」友人の亮が言った。
しかし、健太は続ける。
「実は、私もその廃村に昔行ったことがある。友人たちと肝試しをしようと意気込んで、何とか辿り着いた。村は確かに崩れかけていたが、その中心にある公民館だけは、まるで昔のままの姿を保っていた。不思議なことに、そこからは笑い声が聞こえてきた。」
参加者たちは息を飲んだ。
健太は目を細めて続けた。
「公民館の中を覗いてみると、目の前には村の人々らしき人影が見えた。彼らは楽しそうに談笑していて、どうやら私たちを呼んでいるかのようだった。しかし、気味悪さを感じた私は、引き返すことにした。その瞬間、背後でドアが閉まる音がしたんだ。」
「それは…本当なのか?」佐藤さんが再び尋ねた。
健太は、頷きもせずに話を続けた。
「私はあの村に辿り着いた私たちを待ち侘びていた何者かの気配を感じた。平和そうな村の裏に、何か恐ろしい秘密があるのかもしれない。数日後、私たち友人のうちの一人が行方不明になった。彼もまた、その廃村の近くにいると噂されていた。」
急に、部屋の空気が変わり、まるで肌寒い風が吹き抜けたように感じた。
参加者たちは静まり返り、そこには重苦しい雰囲気が漂っていた。
まさかとは思いつつも、誰もがその話のリアルさを感じているようだった。
「そして、村にはもう一つの噂がある。それは、廃村の村人たちが、村の外の人々を捕まえるために仕向けているということだ。彼らはこの世の者ではなく、魂を奪う存在なのかもしれない。」
その瞬間、誰かの携帯電話が鳴った。
驚いた参加者たちが一斉に振り返ると、部屋の隅にあった古い本棚が揺れた。
まるで、誰かが本棚の後ろからじっと彼らを見ているかのような気配を感じた。
「ねえ、早く帰ろう。もう遅いし、私も疲れたわ…」と、言う声が誰からともなく漏れた。
参加者たちは息をひそめ、急に解散を決めた。
帰り道、村の者たちは、廃村の風景を思い出し、不安に駆られた。
健太の話が真実でないことを願いながらも、しかし心のどこかでその村の恐ろしさを感じていた。
それから数日後、村の人々は、曾祖父の代からの言い伝えを忘れたかのように、あの村に近づくことはなくなった。
ドアが閉まる音が響いた夜、彼らはただその恐怖を胸に秘め、遠い山を見つめ続けていた。